「先生、未来視の魔術に成功しました。」
リンネットが感情のない笑顔でそう告げたのを、今でも鮮明に思い出せる。
それが俺の人生の転機だったからだ。
未来視はオルディアナ含め、他国では夢物語として語られるまさに幻の魔術だ。
今まで読んできたアイダの古代書でも、言及はあったものの、実現したとする記録はなかった。
「記録があったのですか?」
「完成一歩手前の魔術詞を手直しいたしました。」
「なっ…!」
それは歴史上初めての未来視魔術の開発ではないか!
俺は興奮を隠しきれず尋ねた。
「魔術詞を見せてください!
未来は見えたのですか!?」
その時初めて気がついた。
希望の色を宿していたはずのリンネットの瞳は色を失い、まるで夜の湖のように静かに暗く揺れていた。
リンネットは俺の質問に何も答えなかったが、この国に未来がないという答えに違いなかった。
それでは困る。
俺の頭の中で作り上げている魔術の大いなる発展への道筋は、リンネットがいないと叶わない。
そして、届くかもしれない…。
先人たちが追い求めて届かなかった神域ーー不老不死に。
俺一人では時間が足りないのだ。
俺はいまだにアイダの魔術が使えないから…
リンネットはギッと歯を食い縛ると、
「もう一度未来視を行います。」
と言い、大きな黒い紙を広げた。
いや、違う…
これは文字だ!
両腕を広げたほどのサイズの紙一面が古代文字で埋め尽くされていた。
「っこれは…」
俺には一生かかってもこれを理解して生み出すことなど…
リンネットが魔力を込めると、莫大な魔力が部屋を包んだ。
リンネットは瞳を閉じていて、脳内の映像を見ているようだ。
しばらくし、リンネットがまぶたを開けると、暗い瞳から一筋の水滴がこぼれた。
それからリンネットは自室に籠るようになった。
何度訪ねても応じてくれなかった。
あの魔力と魔術詞への理解ーー
俺のこの人生の才能では何十年かかってもたどり着けない領域だと悟った。
アイダの国の人間として…アイダ魔術に愛される存在に生まれていれば…
生まれ直せば…
「リンネット、あなたもハナ様も大切な方々も、もう一度平和な世界に生まれ直す方法を探しませんか?」
俺の荒唐無稽な提案を聞き、リンネットはようやく自室の扉を開いた。
依然として希望を失った瞳。
それでも…
それでも俺の夢を叶えてみせる。
俺は今まで隠していた対価の理論をリンネットに伝えた。
それを聞くと、リンネットは再び自室に閉じ籠ったが、1ヶ月が過ぎた頃、自ら部屋を出てきた。
「転生魔術が完成しました。
ハナに会いに行ってきます。」
リンネットはオリジナルの転生魔術を生み出すことに成功した。



