指南役となり、初めてリンネットお嬢様と言葉を交わした。
「よろしくお願いいたします、セロン先生。
私は生徒ですので、どうぞ私のことはリンネットとお呼びください。」
俺はたいそう驚いたのを覚えている。
リンネットは純粋で清らかで美しく、まるで天使のようだと思った。
自分の醜さと比較してさらに輝いて見えた。
何を甘いことを、と思ったが子爵の2つ目の条件にも納得せざるをえなかった。
「リンネット、初めての魔術は何がいいですか?
もの探しの魔術、蕾を咲かせる魔術、遠くの人に声を届ける魔術…このあたりが簡単です。」
まずは魔術に関心を持ってもらわなければ…
リンネットは長いまつげを伏せ、少し考え込むとハッキリと答えた。
「ハナを守る加護の魔術を」
意外だった。
このお嬢様はしっかりと理解している。
世の中の汚いところなど何も知らなそうなのに、戦争を対岸の火事としていない。
「わかりました。ただ私は他国の魔術の研究が専門でしたので、アイダの魔術については、国王陛下が公開された魔術書で今から学び始めます。
ハナお嬢様の出立までに間に合わせてみせますが、リンネットの協力が必要です。」
「当然ですわ」
リンネットの力強い頷きに安心感を感じた。
しかし、加護の魔術か…
俺は笑顔の下に内心感じた渋みを隠した。
一時的な強化・防護魔術は中級魔術で可能だが、対価として一定時間経過後、身体に反動が現れる。
それに、加護の魔術が必要になる状況ーー戦場ではリンネットは近くにいないだろう。
物に魔術を刻む技術はコロニスでしか実現できていないが、アイダの魔術は文字を使うらしいから不可能ではないかもしれない。
俺は少しの期待を胸にリンネットと握手を交わした。
まずは禁書の解読から始めた。
なにせ全てアイダの古代語で書かれている。
オルディアナでは見たこともない文字で綴られた難解な魔術の説明は、解読のスピードを遅らせた。
アイダの現代文字との対照表作りで3日はかかったと思う。
その後、分厚い魔術書の中で加護の魔術と思われるページをまさに血眼になって探した。
毎日届く刷られたての魔術書はその日のうちに内容を確認する。
そうしてさらに3日、ようやく目当ての魔術書を見つけることができた。
ハナお嬢様の出立の日だった。



