二度目の人生でかつての戦友が私を溺愛する



「何をそんなに謝るの?アルウィン」
頼りない細い肩を震わすアルウィンを見て胸が痛くなる。

アルウィンは当時私たちの4つ程年上で、セレスティーナ家に仕えていた騎士だ。
リンが王都に魔術師として来る際、護衛としてついてきたとリンに聞いた。

頼りになる屈強な方だったのに…
今目の前にいるのはやつれて疲れきった老人だ。
当然と言えば当然ね。
あれから50年、生き続けているのだから。

「私は…リンネットお嬢様をお守りできませんでした…」
「…ええ」
「そして…あなたにも私は…」
意外にもアルウィンが視線を送ったのはロイだった。

「え、俺か?」
「ロイ・クリゾンテム小隊長…」
「小隊長!?」
ティボー様が驚きの声を漏らし、咳払いをする。
「悪い、続けてくれ。」
「…なぜ俺を知っている?」
「…」
アルウィンは気まずそうにロイから目をそらし、しばらく沈黙が流れた。


「あなたに…とどめを刺したのは私だ。」
想像だにしなかった告白と同時に、ロイが勢いよく立ち上がる。
静かな図書館に椅子が倒れる音が響いた。
模擬刀の切っ先がアルウィンの眼前に向けられていた。

「ロイ!」
その腕を掴むが微動だにしない。
「理由を言え」
「すまない…。あなたには私を殺す資格がある。」
「そんなことは聞いていない。なぜ同国の俺を斬った!」
「…」
黙り込むアルウィンの瞳はどこまでも暗い。

「真実を言いなさい、アルウィン。
あなたはとどめを刺したという言い方をしたわ。
ロイは既に瀕死だったのではないの?」
「…はい、そうです。」
「なぜ瀕死のロイにわざわざとどめを刺したの?
理由によっては私があなたを斬るわ。」

アルウィンは暗い瞳で私の目を見据えると、2,3度深呼吸をした。

「…どうかお心を痛めないでください。
…っリンネットお嬢様の命令だったからです。」
「っ!何を言ってるの!?
リンにロイを殺す理由なんてないはずよ!」
信じがたい言葉に対して感情的に声をあらげる。

「私ごときがあの方の真意を推し量ることはできません。
すべてはハナお嬢様の剣に記されていると言付かっております。」
「っ…」
私の…剣…

「ハナの剣をなぜお前が持っている」
ロイはため息と共に剣をおさめ、椅子に座り直した。

「あなたの荷物から私が引き取り、リンネットお嬢様にお渡しした。
遺言で…リンネット様は私に剣を託されたのだ。」

隣のロイをチラリと見る。
「ロイが持ってくれていたの?」
「剣だけでも持ち帰ろうと…」
ロイは私から顔を背け、ポソリと呟いた。
「そう…ありがとう。」
私は無理やり口角を吊り上げて笑顔を作った。
ロイのその行動を思うと、苦しくて…悲しい気持ちを思い出さずにはいられない。

「…それで、今剣はどこにある」
「私の家だ。」
「場所は?」
「キリ村…」
「ティボー先輩、キリ村に転移できますか?」
「待て。
アルウィン殿、先ほど言っていたセロンの目的を先に教えてください。」
アルウィンはコクリと頷き、重々しく口を開いた。

「あの男は魔術師で、リンネットお嬢様に魔術を教えたのはやつだ。
目的は魔術を極めること…そのためにアイダの魔術を追い求めている。」
「アイダの?」
アイダの魔術は難解にも関わらず、コロニスの魔術の方が優位性があるとロイやアシュリー様が言っていた。

「私にも魔術のことは詳しくわかりません。
特にアイダでは固有の魔術が国外に漏れないよう厳重に秘匿されていました。
戦争で武器とするために禁書が公開されましたが、それすら一部の魔術師に限られていました。」
「リンはその禁書でアイダの魔術を使いこなせるのようになったのね。」
「はい。あと…憶測ですが、あの男とリンネットお嬢様は…転生の研究をしていたのではないかと思います。」
「…」
「何度かそういった会話を耳にした記憶があります。
今のハナ様とロイ殿に会い、その研究が成功したのだと確信しました。」
やはり…私たちの転生にはリンが関わっている。

「セロンが転生できていないとすると、転生魔術ができたのはハナ殿の妹なのか…。
セロンは転生に成功したハナ殿とフェルミナくんのそばで、自身が転生するヒントを探していたのか…?」
「おそらく…。目的は転生魔術を完成させたリンネットお嬢様の血縁で、なおかつ転生に成功したハナお嬢様かと。」

その言葉を聞いて背筋に悪寒が走る。
額から頬へ冷や汗が伝う。

それでは…リン本人の方が…

そのとき、ロイの模擬刀から魔力が流れ出るのを感じ、聞き覚えのある声が図書館に響いた。

『ハナちゃん、聞こえるかい?』
ロイは剣を捨てて距離をとる。

「っセロン様…?」

剣を媒介にした通信!?
そう言えばこの模擬刀、セロン様がロイに渡したものだわ…
気付くのが遅れた…!
ロイも同じ考えか、舌打ちを打った。

『そうだよ。お願いがあるんだ。』
「お前の言うことを聞く義理はない。
アルケット邸はすでに包囲されている。投降しろ。」
『…ティボーか。』
あきれたような低い声はセロン様とは思えない。

『とうに転移してるに決まっているだろう。』
「なっ!転移魔術を連発するなんて簡単には…」
『お前のような若造が俺を測るには50年早い。』
「っ…本当に…お前は…」
『…話を戻そう。ハナちゃん、今リンネットを拘束し人質にとっている。』

「は…?」
何を…言って…

『殺されたくなければお前の前世の剣を持って、この模擬刀に触れろ。』
その言葉のすぐあと、模擬刀は無言になった。

そして、ティボー様の無線機がザーッと音を立て、
『セロン・アルケット逃走!!
屋敷の中には本人だけでなく、使用人も家族も誰もいない!』
むなしくそう告げた。