「少しは信用してくれたようだから先に言っておくと、アルケット邸は以前より監視のため王国防衛軍が見張っていた。
俺が先ほど合図を送ったから、何事もなければセロンは確保されているはずだ。」
「魔術での反撃があるのでは?」
「転移魔術はかなり魔力を消費する。
セロンがどれほど優れた魔術師だとしても、確保は時間の問題だ。」
「そうですか…」
私はホッと胸を撫で下ろした。
「さしあたっての危険がないことはわかりました。
ティボー先輩が知っていることを教えてください。」
ロイの質問に対し、ティボー様はため息をついた。
「先ほどの続きだが、アルケット家の2代目以降の出生が偽られている場合、俺たちの知るセロンは初代ということになる。
叙爵したのが30歳と聞いているから、80歳を越えているはすだ。」
「80…!?」
「しかし、見た目や動きは明らかに10代。
そんなことができるのは魔術しか考えられないが、コロニスの有識者に聞いてもそのような魔術は難易度が高く産み出せていない。」
「不老の魔術ですか…?」
おそるおそるその言葉を出す。
ティボー様はあごに手を当て、険しい表情を浮かべた。
「不老は…非現実的すぎる。
歴史上数多くの魔術師が焦がれ、研究し、そして諦めてきた幻の魔術だ。
表面的に見た目と動きが若く見えるような魔術ではないかと思う。」
「それでも信じられないわ…」
今までセロン様が同年代であることを疑ったことはなかった。
「俺だってそうだ。
セロンと共に日々を過ごすうち、防衛軍の疑いが間違いではないかと…
懐いてくれている後輩だと思っていた…。」
ティボー様は悲しみや悔しさが入り交じったような表情を自らの手で隠した。
いつも余裕があるティボー様が初めて見せる表情だった。
「手段がなんであれ、目的はなんだ?
家柄のいい子女が通う学園で何をするつもりだったんだ?」
「そのことはわかっていない。
未入隊の俺が知らされていないだけか、上層部もつかんでいないのか…」
単純に考えれば、生徒を人質にした金銭の要求や政治的思想の訴えか…
生徒に若いうちから取り入って、立場を得ることも考えられるけど、とうに平均寿命を過ぎているとしたらその線は薄い。
「…私はあれの目的を知っています。」
全員が言葉の主に視線を向けた。
老人だった。
「どういうことですか?」
老人がうつむかせた顔を上げたとき、面影が脳裏の記憶と重なった。
「あなた…もしかしてアルウィン?」
私がそう問いかけると、老人は小さく頷いた。
「誰だ?」
「私の…ぜん」言い掛けて止める。
前世の話をティボー様の前でしてもいいのだろうか?
ティボー様は私の考えを察し、まっすぐ目を合わせて言った。
「俺も機密事項を話したんだ。
お互い秘密を出せば、他言しないだろう。
魔術の対価と同じだ。」
ティボー様らしい考え方だわ…
ロイと目を合わせるとコクリと頷いた。
こうなったら仕方ない。
「…わかりました。話します。」
私は深呼吸をしてから口を開いた。
「私とロイには前世の記憶があるのです。
奇妙なことに私たちは同じ姿で同じ時代に転生しました。」
ティボー様とアルウィンは驚愕の表情を浮かべている。
あえてリンとギル様のことは伏せた。
2人にはできるだけ平穏な生活を送ってほしいから…
巻き込みたくない。
先ほど、リンとティボー様は互いに自己紹介をしていないから、ここでリンの名前を出しても大丈夫ね。
「アルウィンは前世で妹のリンの護衛騎士でした。」
私がぎこちない笑顔をアルウィンに向けると、アルウィンは堰を切ったように泣き出した。
「っハナ…お嬢様…!!
申し訳ございません!申し訳ございません!」
その言葉には長年彼が苦しんできたであろう後悔が強くにじんでいた。



