「っハァ…ハァ…」
苦しそうな息切れが聞こえると、浮かんでいた私の足が地面についた。
そこでようやく私を持ち上げた主がわかった。
「ティボー様!?」
「無事か?」
「大丈夫ですが…どういうことですか!?セロン様は何をしようと!?」
私が怒涛の質問を投げ掛けている途中で、腕を後ろに引っ張られた。
「離れろハナ」
「ロイ」
座り込む老人とティボー様から私をかばう形で距離をとる。
「ティボー先輩が味方とは限らない。」
ティボー様は腰に模擬刀を携えている。
いや、真剣の可能性も捨てきれない。
ティボー様は何も言わず、時間を使って息を整えた。
一息つくと、老人を近くの4人掛けのテーブルに誘導し、自身もその横に座った。
「安心しろ、味方だ。まず座れ。」
「信用できない。それにセロン先輩が転移魔術ですぐに来るかも知れないだろ。」
「無理だな。君も知っての通り、この部屋には子爵家以上の正式な身分証がないと入れない。
男爵家のセロンが転移魔術の座標をあらかじめここに仕込んでおくことは不可能だ。」
「あんたがセロン先輩の仲間なら話は別だ。」
「…」
黙り込むティボー様にロイが警戒心を強める。
模擬刀の柄に手を添えたとき、
「わかった、話そう。
俺は王国防衛軍から特別な任務を受けている。」
「え!?」
ティボー様は胸元のポケットから軍章を取り出して見せた。
「俺は卒業後、王国防衛軍への入隊が内定している。
以前よりセロン・アルケットに身分詐称容疑があり、在学中の俺に調査任務が割り振られた。」
「身分詐称?貴族のふりをしているとかですか?」
私の問いかけに対し、ティボー様は首を横に振り否定した。
「アルケット家はダンドリオン家と同じく、統一戦争の功績でセロンの祖父の代に叙爵した家だ。
初代も名をセロンと言い、2代目がヴィクター、そして3代目次期当主が俺たちの知るセロン。
先祖の名を子につけるのはよくあることだ。」
「まさか…」
ティボー様の隣に座る老人が口許を手で覆い、震え始める。
この方は何を知っているの…?
「しかし最近の調査で、出生届や婚姻届、家系図等の公式書類に認識阻害の魔術がかけられていることがわかった。
魔術を解くと、2代目や3代目セロンの出生が明らかに偽られていた。」
私の背筋に鳥肌が走る。
「つまり、アルケット家は50年前の叙爵からただ1人の存在しか確認できていない。」
私とロイはゴクリと唾を呑んだ。
「わかっただろ、座って話そう。」
私はロイと目を見合わせ、その向かいの席に腰を掛けた。



