「ここが剣士科棟だよ。」
セロン様に案内され、その建物に足を踏み入れた。
初めて入る建物だわ。
普段生活している教室棟と体育館の中間の位置にあり比較的古い。
トレーニング用の設備や生徒みんなが剣を携えていることに、ついワクワクしてしまう。
「来賓ブースはこっちだよ。」
いくつかのドアをくぐると、落ち着いた雰囲気のエリアについた。
「アルケットさん」
「先生」
「案内までありがとうございます。
ロンドさん、わざわざすみません。」
「いえ…」
優しそうな先生だわ。
「例年剣術大会のあとはスカウトのために訪ねられる方が多いのですが、大抵面会はお断りして、条件書にまとめて生徒にお渡ししているんです。」
「そうなんですね…」
「あなた方への条件書もたくさん預かっていますよ。特にフェルミナさんの分はね。」
ロイは「はぁ」と気のない返事を返す。
「では今いらしている方は?」
面会を断れないほど高い地位の方なのかしら?
「それが…スカウト目的ではないようなのです。
『ハナ・ロンドさんに預かりものを返したい』と。
何度もお断りしたのですが、どうしてもとおっしゃっていて…
もしかしたらお知り合いかもと思い、お呼びしました。」
預かりもの…
心当たりがないわ…
先生は魔術陣が描かれた鏡を取り出した。
「この方です。」
先生が魔力を込めると、鏡に部屋の様子が映し出された。
遠隔地の映像を映す魔術道具かしら…
先生も魔術が使えるのね。
そこに映し出されたのは、見覚えのない男性。
白髪の量とシワの深さから、60歳以上と思われる。
「知り合いか?」
ロイの問いかけに対し首を左右に振る。
「不審者の可能性もありますから、面識がないならお断りした方がいいですね。」
「…」
面識はないけれど…
この方…剣の心得があるわ。
肩の力が抜けていて、それでいて重心が安定している。
「お手数をおかけしました。
お客様には丁重にお断りして「待ってください」
なにか…心がざわつく…
「思い出しました。父の交易相手です。
小さい頃何度か遊んでくれた方ですわ。」
私は取り繕った嘘をつき、作り笑顔を向けた。
「…わかりました。
私はこのあと用事がありますので、面談の場に付き添うことができません。
ご対応よろしくお願いします。」
「はい、ありがとうございます。」
先生がその場から立ち去ると、ロイがフーッとため息をついた。
「ハナ、知り合いじゃないだろ?」
「バレた?」
「そうなのか?」セロン様は目を丸くする。
「大事な用事かもしれませんし…気になって」
「俺も付き添おう。さすがに危険だ。」
「ロイ、ありがとう。」
「俺も暇だし、付き合うよ。
フェルミナ、模擬刀を貸してやる。」
セロン様まで…
「ありがとうございます…」
ロイとセロン様が模擬刀を腰に据え、その方が待つ部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
部屋に入ると、老人は杖をついて立っていた。
魔術道具で見たより年を取っている印象を受けた。
「…お待たせし申し訳ありません。
ハナ・ロンドと申します。」
制服のスカートの裾を持ちお辞儀をする。
「…ハナ…お嬢様…」
え?お嬢様?
顔を上げると、老人の瞳がうっすらと濡れているように見えた。
使用人にこんな方いたかしら?
「あの…失礼ですがあなたは…?」
「預かりものがあるのです…。
ずっとお返ししたかったのですが…
まさか…こんなことが…」
「え?」
「まずはお名前をおっしゃってください。」
セロン様が厳しい口調で告げる。
「大変失礼いたしました。私は…
っっ!!」
老人は言葉をつまらせると、すごい勢いで私たちから顔をそらした。
まもなく力が抜けたように椅子に座り込んだ。
「大丈夫ですか!?」
私が駆け寄ろうとすると、ロイに制止された。
目で行くなという合図が送られ、私は大人しく立ち止まった。
ロイが剣の柄に手を掛けながら老人に近づく。
「どうされました?」
「っ…」
「顔色が悪いし、ひどい汗です。
保健医を呼びましょう。」
「しかし…っ」
「明らかに怪しい。もう行こう。」
「え…」
セロン様が私に小声で耳打ちすると、
「私たちは失礼します。」
部屋の扉を開け、私を退出させようと促す。
「っ、お待ちください!ハナお嬢様!!」
慌てて立ち上がろうと老人は杖を握る手を震わせる。
「セ…セロン様…」
「同情を誘ってハナちゃんに近づこうとしている。
魔術が使えるかもしれない。」
「ですが…」
しかし次の瞬間、老人は想像だにしていなかった言葉を放った。
「ハナお嬢様の剣を…お返しします!!」
私は反射的に足を止め、言葉の主を振り返った。
「私の…剣…?」
「チッ」
小さな舌打ちが聞こえ、私の背筋を鳥肌が走る。
今の舌打ちが聞こえてきた方向には1人しかいない…
「まだ生きていたか、雑魚が。」
身体中の毛が逆立ち、本能が危険を知らせている。
逃げなくては…!
「ハナっ!」
ロイが私に手を伸ばしている。
ロイの方へ…逃げなくては!!
「"転移 座標アルケット邸"」
魔術詠唱!!
マズイ…!間に合わない!
「つかまれ、ハナ殿!"速さを"!」
声と共に体が持ち上がり、瞬く間にロイと老人の前まで移動した。
「"転移 座標王立図書館"」
私の頭上で再び魔術が唱えられた。
眩しい光で視界は遮られ、
気がついたときには以前ロイと来たことがある王立図書館のVIPルームだった。



