✳✳✳✳✳
試合開始の合図と同時に剣を抜き、俺は地面を蹴り出した。
勢いを乗せ、ティボー先輩に向けて剣を振り抜く。
ガギイィ
やはり止められた。
セロン先輩とは力も反応速度も違うな。
「"速さを"」
ティボー先輩が呟いた言葉と気配に二三歩距離をとる。
即座にその距離は詰められ、再び剣同士が金属音を鳴らす。
これがハナがやられた魔術か…
たしかに速い。
用意してなければ間に合わなかったかもな。
ピリピリとした緊張感が首筋にまとわりつく。
でも魔術は魔術だ。
必ず対価というほころびが出る。
それまで引かずに耐えしのぐ!
「"力を"」
「っ!」
剣がずしりと重くなり、数歩後ろに下げられる。
強化系の魔術か!
その隙にティボー先輩が大胆に剣を振りかぶり、正面からその力を受けてしまった。
腕がしびれるほどの強さ…!
耐えきれず膝をついた。
「ダンドリオン、1本!」
審判の宣言はすぐ意識外に消える。
このままではつぶされる…!
渾身の力で太刀筋の方向を変え、ティボー先輩の剣を受け流すと、即座に距離をとった。
思わず顔がにやける。
悪くねぇな。今世でも強いヤツはいる。
学生でこれなら、防衛軍にはもっと…!
「なにを笑っている?」
「いや、別に」
ティボー先輩は距離を保ったまま話し始めた。
「フェルミナくん、ハナ殿を剣士に導く理由はなんだ?」
「導いてねぇっすよ。アイツが自分で進んでるだけです。」
「彼女はたしかに学生の中ではトップクラスに強いが、女性が剣で食べていけるほど甘くない。」
「ハハッ」
思わず漏れた俺の笑い声に、ティボー先輩は眉をしかめる。
俺は大きく息を吸い、再び前進した。
剣を握る力をもう一段階強める。
キィイイィン
鼓膜を裂くような金属音が体育館に響き渡る。
「グッ…」
「先輩はハナをなめすぎですよ。」
「っ、何!?」
「先ほど、剣を失ったハナにビビってましたよね?」
「!違…」
「俺が止めなければあんた負けてましたよ。」
「っ!!」
切り結んだままじりじりとティボー先輩は後退していく。
「っ!!"力っを"…!」
詠唱した瞬間、俺は軽快に後ろに下がった。
追いかけてくるティボー先輩の動きは緩慢になっている。
最初の加速する魔術の対価が出た…!
「ハナは天才です。あなたより」
剣の切っ先を正面に向け、再び地面を蹴った。
「俺よりもね。」
「っおい!突きは禁止で…!!」
突き攻撃をティボー先輩の首すれすれに外す。
息を飲むティボー先輩と目が合った。
その目には怯えの色が揺らいでいた。
勝った。
左手でその襟首を掴み、軸足に足をかけて、
回転させるようにティボー先輩を地面に倒した。
間髪いれず真上から切っ先を眼前に向けると、
「まいった」
ティボー先輩は小さく呟いた。
「優勝!ロイ・フェルミナ殿!!」
その瞬間、審判の宣言と会場の大歓声が耳に飛び込んできた。
今まで周囲の音が聞こえていなかった…。
顔を上げ、真っ先に1人の人を探す。
観客席の一角にその人はいた。
泣いているかと思ったが、
ハナは満面の笑顔を浮かべていた。
ハナは普段はあまり感情を表に出す方じゃない。
無表情か、しとやかに笑うかがほとんどで、俺がからかうとき顔を赤くして慌てるのがたまらなく可愛かった。
でも…
この溢れ出すような笑顔は…
これ以上ないほど好きだと思っていたのに…
人は際限なく人を好きになることができるんだな。
大歓声の中、俺はただハナだけを見つめていた。



