二度目の人生でかつての戦友が私を溺愛する



2試合目も難なく勝つことができ、いよいよ3試合目…
ティボー様との試合だ。

「よろしく、ハナ殿」
「よろしくお願いします。」

自分の試合があったから、ここまでのティボー様の試合を見ることはできていない。
まず魔術を発動するきっかけを知る必要がある。

剣に魔術陣が彫ってあるのかしら?
それとも詠唱するの?

「警戒心全開だな。」
ティボー様が余裕そうにそう言った。

「…魔術を使う方と対するのは初めてなんです。」
「警戒するのはいいことだ。油断は命取りになる。」

若かったあなたの祖父に対してお父様は油断したとでも?
考えたくもない嫌みが頭に浮かび、頭を振って思考を振り払おうとする。
ティボー様は関係ないわ!
今、私が勝ちたいから戦うのよ!

「握手は試合後にしよう。」

ティボー様は私の様子を見て苦笑いを浮かべると、握手を求められることはなく、私たちは試合開始時の定位置についた。


「始め!」
審判の合図と同時に、ティボー様が剣を振りかぶった。

キィイイィン…

刃の角度でその力を半分に逃がす。
やはり他の人とは違う!
力を逃がしてなかったら剣を落としていた。

流す分、相手に近づくから体術警戒。
やられる前に…こちらから!

私は剣で受けとめた力を利用して、身体を回して蹴りを横腹に入れた。

「グッ…」

腕で防がれた…!
それに、硬い!
とてつもなく鍛え上げられてるわ…。

一度距離をとって剣を構え直す。

「さすがだな、ハナ殿。セロンから聞いた通りだ。」
「褒めていただくようなことはまだなにもできておりません。」
「十分だ。女性でその身のこなし…
油断した男相手に近づき、魔術武器を使えば、たいていの敵には勝てる。」
「私に騙し討ちをしろとおっしゃるのですか?」

隠しきれない苛立ちが目に宿ったと思う。

「真正面から戦えばハナ殿の強みが活かせない。」
「っ…」

私は敵を油断させることでしか勝てないと?
女だから?

「勝ってからおっしゃってください!」

私は目一杯の力でティボー様に切りかかった。
その刃は難なく受け止められる。

くそっ!!
いや、熱くなるな…
冷静に…隙を探せ。

ロイよりさらに大きい体躯。
隙は足元だ。
あえて今まで上半身を狙うような素振りを見せてきた。
今なら…!

ティボー様の剣を低い体勢で躱し、前進する勢いを乗せ、地面を這うように切り上げた。

ガッッ

「!?」

思いがけない位置で剣が止まり、混乱する。
なに?鞘で防がれた…?

「"宿せ"」

ティボー様から発せられた言葉に鳥肌が走る。
私が振るった剣の勢いを受け止めた鞘。
その鞘に力を「宿す」魔術なら、このあとは…
マズイ!逃げ…


「"放て"」


その時、たしかに感じた。
死の淵のあの…全身を覆い尽くす重圧を。
逃げるために全力で地面を蹴った。

「"速さを"」

まばたきした一瞬で目の前に鞘が迫ってきた。
殺される…!!


キィイイィン


再び耳を刺した甲高い金属音と同時に
私は尻餅をついた。

「ハッッハァッ…」

剣は…!
自分の手のひらを広げ、剣がないことに気づく。
周囲を見渡し、フィールドの線外に転がるそれを見つける。

剣を落とした…!?
あんなにロイに注意されたのに!

「勝負ありだ。降参しろ。」

目の前に向けられた鋭い切っ先に硬直する。
見下すように立ちはだかるその男に
心の底からどす黒い感情が押し上がる。

こんなヤツに…お父様は!
こんなヤツ…!!


私はぬらりと立ち上がり、右手の握りこぶしを男にかざした。

「おい…」

負けてたまるか!
剣がないなら奪えばいい。
死んでも勝ってやる!!

「チッ、よせ!」

繰り出した拳を平手で抑えられ、
その隙に左手で刀身を握った。

模擬刀でも幾分鋭さはある。
左手から熱い液体が溢れる。

「っ!おい!放せ!」

そのまま剣を奪おうと、握る力を強めたとき


「やめろハナ!!!」


体育館全体に響き渡るほどの声に、極度の集中がプツリと切れた。
同時に左手がズキズキと痛み始める。

声の方向を見ると、ロイがいた。

「お前の負けだ。引け!」

これは…隊長のロイだわ。
もうあなたの命令には従いたくないと思ったのに…

無意識に刀身を握る左手がほどけた。

「…し、勝者、ティボー・ダンドリオン!」
戦意をなくした私を見て、審判がそう宣言した。

ロイがフィールドに入ってきて、大切そうに私の左手をとると、その具合を確認した。

「保健室へ行くぞ」
「…」

ロイに右手を引かれ、されるがまま体育館を後にする。
一歩、一歩と足を出すのに精一杯で、
とにかくこらえて、
体育館を出て人気がなくなった瞬間
私は崩れ落ちるようにその場に膝をついた。

叫ぶような泣き声を
自分の身体を強く抱えて閉じ込める。

「私…っ、最低だわ!
ティボー様を殺すつもりだった!
彼は何も悪くないのに!」
「…」
「あの魔術がっ…お父様を殺したと考えただけで…頭が真っ白になって…っ」
「あぁ…」
「ティボー様は悪くないのに…!
そんな人に殺意を向けるなんて、私は…っ」

そうか…。
だんだんこのグチャグチャな気持ちがわかってきた。

私はあの戦争で向かってくる相手を同じ人間だと思っていなかった。
別の生き物、獣、怪物。

そう思わないと自分が保てなかった。
私は人間で、国のために家族のために戦う可哀想な人間で、この怪物たちとは違うんだと…
思っていた。

殺意を向けられたら返す。
正当防衛だと言い聞かせて、人間のように振る舞っていた。
でも…先ほどのあの瞬間、私は怪物だった。
罪のない人間に殺意を向ける…まるで人間とかけはなれた存在…

「ハナは真面目すぎるな…」
「うぅ…ハッ…え?」
「小難しく考えすぎなんだ。
会った瞬間から嫌いなヤツは一生嫌いでいいんだよ。
大隊長を討った男の孫なんか好きになる必要ない。」
「でも…」
「俺はアイツが一生嫌いだ。
理由はハナを泣かせたから。」
「っ、何それ…」

ロイは私の涙を優しくぬぐいとった。
夏なのに冷えきった頬を、温かくて大きな手のひらが包む。
吸っても吸っても息苦しかったのに、次第に落ち着きを取り戻していく。

「ハナ、頼むから俺以外の男のことで泣かないでくれ。
嫉妬でおかしくなりそうだ。」
「わ、私は真剣に…!!」
「俺も真剣だ。」
ロイはまっすぐに私の瞳を見据えた。

「さっき…言えなかったことがある。
お前を止めたほうびに…引かずに聞いてくれ。」
ロイは私から目をそらして深呼吸した。

「…何…?」
そんな顔をされたら聞かないわけにはいかないわ。

「俺がティボー先輩に勝ったら…
もう一度キスしないか?」
「っっ!!」

私の体温は瞬く間に上昇する。
涙はとっくに引っ込んでいた。

「っあのときは、ロイが勝手に!」
「ああ、だから今度はハナからしてほしい。」
「そ、そんなの…!ハレンチだわ!」
「ハレンチでもなんでも、そろそろ我慢の限界なんだ。
パーティーの夜から2か月だぞ。」
「しっ知らないわよ!」

「ハナーー!」
そのとき、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
リンだ。
心配してきてくれたんだろうか…

「保健室はリンと行けるか?
そろそろ次の試合だ。」
「大丈夫だけど!それより…」
「ちなみにアシュリー嬢との婚約者候補関係は解消してるから気にすんな。」
「えっ!!たしかに誘拐事件の時も"嬢"って…
というか『ちなみに』で言うことなの!?」
「約束は守れよ。」

強引にそう言いきると、ロイは再び体育館の方へ歩き出した。

「や、約束なんてしてないわ!!」
私は人間らしくドキドキとざわつく心臓に、なぜだか安心していた。