「…っ、そうですか。」
平静を装い、なんとかその言葉だけ振り絞った。
「先ほどトーナメントを見てきた。
ハナ殿とは3回戦で当たる。
勝ち進んだならば対戦することになるだろう。」
「…」
「その時は握手をしてくれると嬉しい。」
ティボー様はそう言って苦笑いを浮かべると、セロン様と共にその場を去っていった。
「ハナ…大丈夫か?」
珍しくロイが心配そうに私に声をかけた。
「…大丈夫。
動揺して失礼な態度をとってしまったわ。
ティボー様はあの戦争には関係ないのに…」
「そう簡単に割りきれるもんじゃねぇだろ。」
「…」
ロイは絹に触れるように優しく私の手を握った。
胸がギュッと締め付けられ、枯れてしまったはずの涙が溢れそうになる。
「お父様を討った男は、大功を成し生きて帰って、平民から貴族になったのよ。
私たちが叶えられなかった夢を全部叶えたのね。」
「ああ、そうだな…」
ロイは雲ひとつない空を見上げた。
「私、この大会でティボー様に勝つわ。」
ロイと繋いだ手を力強く握った。
ロイは青空と同じ色の瞳を閉じると、力が抜けたようにフッと笑い、同じく手を強く握り返した。
「頼んだ」
その時、体育館の方から歓声が漏れ聞こえてきた。
大会が始まるんだわ。
「もう行かないと…」
「そうだな」
そういえば、セロン様が話しかける前にロイ何か言いかけてなかったかしら…
ロイは名残惜しむように私の指先に触れ、撫でるようにそっと繋いだ手を離した。
いつもは心地よいロイとの間の沈黙が、今は鼓動が聞こえそうでくすぐったい。
ティボー様に勝てたらロイは笑ってくれるかしら…
褒めてくれるかしら…
「ハナ・ロンドさん!そろそろ1回戦ですよ。」
背後から呼び掛けられ、思わずビクッとしてしまった。
「は、はいっ、行きます!
じゃあ、またあとでね。ロイ」
「おう」
私は試合会場となる体育館に走った。



