二度目の人生でかつての戦友が私を溺愛する



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初夏ーー

転生の真相解明に進展がないまま、日々は平和に過ぎていた。
そんなとある休日、恒例の婚約者候補・アシュリーとの茶会のため、俺はフォンティーヌ子爵邸に訪れていた。

「いらっしゃいませ!ロイ!」
「ごきげんよう、アシュリー」

俺が訪ねてすぐに応接間に現れるアシュリーの様子から、好意が伺える。
しかし、改めてはっきり伝えなくてはならない。
そのために今日もここに来ている。

「アシュリー。
毎回言っているが俺たちの関係を「今日はうちの領地で獲れたベリーでスイーツを作ってもらったの。」
「アシュリー」
「まずはお茶にしましょう」

アシュリーは無理に作った笑顔を俺に向けた。

ハナと出会ってから、毎月一度のお茶会で、婚約者候補関係解消の話題を持ちかけているが、なかなか話が進まない。
一度目は大泣きされ、二度目は体調不良で中止、三度目はひたすらアシュリーに話題を奪われ、四度目の今日に至る。

アシュリーの好意を感じているからこそ切り出しづらい。
冷徹になりきることができない自分が悪い。
けれど、幼い頃から婚約者候補として共に過ごしてきた彼女のことを、決して嫌いなわけではないのだ。

だが折をつける時だ。
いつまでも俺が婚約者候補という立場に居座れば、アシュリー自身が幸せになれない。


「アシュリー、今日こそ話そう。
このままではお互いにとってよくない。」
「……よくないのはロイだけですわ。
私を捨て、ハナ・ロンド様のことを選ぶとでも言うのでしょう?」
「…すまない」
アシュリーは重いため息をついた。

「…幼い頃からあなたと共にいて、どこか遠い存在だと思っていました。
諦めたように生きていた…。
それでもあなたの生き甲斐の1つにでもなれたらと、ここまで努力を重ねてまいりました。」
「ああ、よく知っている。」
アシュリーの瞳に涙が溜まる。

「私ではロイの希望にはなれなかったのですね…」
「アシュリーのことは大切な友人だと思っている。
でも…ハナがいなければ、俺は生きる意味が見出だせないんだ。」

ハナが前世で戦死してから、再び学園で出会うまでの感情を思い出し、胸が苦しくなる。

「ハナは俺が生きる意味そのものだ。」

アシュリーはポロポロと涙をこぼすと、再び大きなため息をついた。

「わかりました。婚約者候補の立場から退きます。」
「本当にすまない…」
「謝る必要はありません。本来は伯爵家のロイから一方的に候補から外すこともできますのに、わざわざ面と向かって話してくださるなんて、お人が良すぎますわ。」
「当然だ。俺は常に明るく、努力を惜しまないアシュリー"嬢"を尊敬している。」
「…私もです。ロイ"様"…。」

アシュリーが涙をぬぐい、令嬢らしくピッと背筋を正した。

「こうなったらハッキリ言わせていただきますが、ロイ様は優しい微笑みを同年代の婦女子に向けないでください!
あなたは少しは自分の魅力を理解するべきです!」
「は?」
俺が今微笑んだからか?

「それに平民であるハナ様を伯爵家に娶ることは容易くありません。
どのような計画があるか存じ上げませんが、ハナ様にとっても過酷な道になります。
精一杯支えて差し上げてください。」
「ああ。」

アシュリーには言えないが、最初から爵位に未練はない。
いざとなれば家を出るつもりだ。
フェルミナ伯爵家には優秀な長男がいるから、俺が家を出ようと領民への影響はない。
そもそも剣しか取り柄のない男だ。

アシュリーは俺の考えを知ってか知らずか、苦笑いを浮かべて言った。
「恐れながらロイ様は自己評価が低すぎるのです。
あなたの剣術への情熱は知っていますが、私が知るだけでも他にたくさんの魅力があります。」
「ありがとう…」

本当にアシュリーは優しい。
まっすぐ俺の目を見て言ってくれるから、
心からの言葉だと信じられる。

「じゃあ俺はそろそろ帰るよ…」
その時、応接間の扉がけたたましい音を立てて開かれた。

「ロイ!!!」

そこには思いがけない人物がいた。

「ギルバート??」

なぜギルバートがフォンティーヌ邸に?
それよりこの焦った様子は…
何が…?

「大変だ!リンとハナが何者かにさらわれた!」
「はあ?」

まるで観劇のようなセリフに、俺は貴族らしからぬ声音で反応することしかできなかった。