「君はどこかで実戦を?」
「…いいえ」
「驚いたな。
先ほどの考え方はティボー先輩に似ている。」
「誰です?」
「剣術科の3年生首席の方だ。」
「はぁ…」
「君の剣の腕はこの学園でもトップクラスだろう。
ティボー先輩ともはれる。
けど、勝てないだろう。」
ロイの空気がピリつくのを感じた。
「なぜです」
「この学園でトップを張る剣士は剣術一本じゃない。
魔術も習得している。」
「!!」
「魔術が使えてなぜ剣術科に?」
思わず疑問が口に出る。
魔術は使える人間が限られるからこそ重宝される。
剣術科で剣術を磨くより、魔術の修練を積む方が将来に役立つはずだ。
「魔術を剣で勝つオプションとして扱うほど剣が好きなんだろ。」
「…」
「君の剣技も生きる執念も、学生のそれとは思えないが、世の中には天才ってのがいるんだ。
コロニス国の現貴族は数十年前の大規模な統一戦争で、魔術による功績を残した人間が多い。
貴族家の子供が多いこの学園は必然的にそういう才能を持つ人材が多くなる。」
「セロン先輩はどうなんすか。」
セロン様は不敵な笑みを浮かべた。
「俺は男爵家の出だ。ティボー先輩ほどではないが、魔術が使える。」
「っ!やはり一戦…」
その時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「夏に剣術科の生徒が出場する剣術大会がある。
君たちは1年生だけど、特別に出られるよう準備してあげるよ。」
「剣術大会…」
「君も伯爵家なんだし、それまでに魔術の1つや2つ覚えておきなよ。
またね、ハナちゃん♪」
セロン様は陽気に手を振りながら中庭を去っていった。
珍しくうつむくロイの姿に沈黙が流れる。
「ギルバートは戻っていてくれ」
それだけ言うとまた沈黙した。
「…わかったよ」
ギル様は諦めたように返事をすると、中庭を去っていった。
授業が始まっても中庭に2人で残り、ロイが話を切り出すのを待つ。
しばらくすると、ロイが口を開いた。
「アイダ国が負けた理由がわかった。」
「え…?」
思いもよらない台詞に私はキョトンとする。
「剣と魔術だ。
アイダではかなり希少だった魔術を使える人間が、大国コロニスには多く、魔術への知見が勝っていた。
今思うと、コロニス兵は明らかに実力以上の強さを持っていた。
魔術が使えない剣士でも汎用的に使える魔術道具が普及していたとしか思えない。」
「私がリンに加護の魔術を受けたように?」
「何…?」
ロイが目を丸くして近づく。
「加護の魔術ってなんだ。初耳だぞ。」
「え…リンが…私の剣にかけてくれたのよ。
言ってなかったかしら。」
「言ってねぇよ。
アイダではそんな魔術普及していなかったはずだ。」
「そうなの?」
「言ったはずだ。魔術には対価がいる。
一時的ならまだしも、半永久的に攻撃力や防御力を上げるなんてかなり大きい対価が必要だ。
アイダの魔術体系でもそんなチート技ありえない。
道理で今世のハナが弱いはずだ。」
「なっ!今に一本取るってば!」
私の怒りの拳を華麗に交わし、ロイはあごに手を当て考え込む。
「前世のリンはどうやってそんな魔術を…?
コロニスの魔術を応用したのか…?」
「コロニスと内通していたと?」
「そうは言ってない。
コロニスの魔術を知る魔術師がいて、そいつから教わるか、教わった内容から自分で昇華させたかだ。」
「だけど加護の魔術を剣に施してくれたのは、私が家を出た日よ。
その頃はまだ魔術の勉強はほとんどしていなかったはずだわ。」
「では誰かに教わった可能性が高いな。
リンがどこかに出掛けたり、来客があったことは?」
「どうだったかしら…。
正直宣戦布告があった日から家を出るまで、リンの様子を見る余裕なんてなかったの…。」
絶望に呑まれていた1週間…
私の心は暗く重く、あまり記憶がない。
「ハナの剣がどこかに残ってればいいが…」
「立派な剣だったけど、戦地に置き去りだもの。
売られたか捨てられたか…どこにあるか検討もつかないわ。」
「…そうだな」
ロイがため息をついてベンチに座ったので、その隣に座る。
自分達の愛剣を思い出すと、痛くて悲しくて苦しい感情も一緒に思い出す。
私は話題を切り替えようと膝をポンと叩いた。
「また魔術の研究は続けましょう!
剣術大会の話はどうなの?出場するの?」
「当たり前だ。
あんなこと言われて逃げ出すわけないだろ。」
「フフ…そうよね。」
「ハナも出ろよ。」
「…正直出てみたいわ。」
「実戦も知らない凡人に負けるなよ。」
「そんなこと言っても…魔術を使う方もいるのよ?」
「そんなのごく一部の首席だろう。
剣一本ならハナは9割勝つよ。」
かなり久しぶりに剣の腕を褒められたので思わずにやけてしまう。
「ならロイは10割ね。」
「どうかな。ハナの加護の話は置いといて、魔術がついてくる剣に正面から向き合うのは未経験だ。」
「ロイも伯爵家だし、魔術が使えるんじゃないの?」
「試したことなかったな…。
俺の家は魔術の功績でなく、昔から文官としてコロニスでの地位を築いているから、魔術の教育もあまり熱心ではなかった。」
「そうね。優秀な文官を輩出する家として、前世でもフェルミナの家名は聞いたことがあったわ。」
「そんな賢い家に俺みたいな剣術バカが産まれたもんだから、両親も兄も驚いていたよ。」
「フフ…っ」
「そんな俺のことも愛してくれた家族だ。
文官の才はないけれど、剣で家の役に立つ。」
ハッキリとそう言いきるロイに素直な疑問が浮かぶ。
「ロイは…将来目指すものが決まってるの?」
「ああ。コロニスの王国防衛軍を目指してる。」
王国防衛軍と言えば、剣士が目指すコロニス最高峰の軍隊だ。
さすがロイね…。
目指すところも高く、さらにしっかりとした志を持って生きてる。
将来なんておろか、学園でどの科を目指すのかも決まっていない私とは大違いだわ。
そのとき、授業終了の鐘が鳴った。
「そろそろ戻りましょ」
「そうだな」
私たちはそれ以上の会話をすることなく教室に戻った。



