中庭に着くと、ロイが貧乏ゆすりをしながら待っていた。
この人…自分が貴族ということを忘れてない?
「ロイ、ごめんなさい。お待たせ…「おせぇ」
不機嫌を露にした返事とともに顔を上げると、私がギル様とセロン様を連れていることに目を丸くする。
「なんでギルバートが…」
「あ、えっと…」
「そいつは?」
セロン様をあごで指す。
「ちょ、何て失礼な聞き方を!」
「この学園で身分は関係ない。」
「身分は関係ないけど、俺は2年生だ。
初対面くらい敬ってくれると嬉しいな。
フェルミナ伯爵子息殿。」
「…2年?」
「セロン・アルケット殿だ。剣術科の2年生だよ。」
ギル様の紹介を聞いて、ロイは目を細めた。
「申し訳ありません!セロン様」
「ハナちゃんが謝ることじゃないよ。」
「っ…"ちゃん"?」
ロイが何か言いたそうに立ち上がる。
それを見て、ギル様がククと笑うと、
「ロイは伯爵家でぬくぬくと育った坊っちゃんなんです。ご容赦ください。」
と嫌味を言った。
「ギルバート、おまえなぁ…
先輩とは知らなかったんだ。スミマセンデシタ」
「ハハッ、別にいいよ。」
セロン様はおおらかに笑い飛ばした。
「悪いけど2人の試合を見学させてもらえないか?
邪魔はしない。」
「…まぁいいっすけど」
ロイは滑らかな動きで木剣を構えた。
瞬間、その視線は鋭く真剣みを帯びる。
毎日のように見ているのに、緊張感は薄まらない。
私もふぅと息を吐き、木剣を構えた。
「少しは筋力鍛えたか?」
「ええ、パーティーが終わったからね。」
私が力いっぱい剣を振り下ろすと、真正面から受け止められた。
「っ…」
手がしびれるほどの衝撃…!
「まだ弱い」
「っ、今日こそ一本とるわ!」
剣の交わりをほどき、低い姿勢から斬り上げる。
案の定受け流され、ロイの反撃を大きく飛び退いて避けた。
なかなか懐に入れない…
ロイに有利をとれる低姿勢と速さの2つで切り込まないと…
もう一度、下から!
一歩飛び込み、再び右切上で間合いを詰める。
ガッッ
強い衝撃で木剣が手から離れた。
カランコロンと虚しい音を立てて剣が地面に転がった。
「剣を離すな」
ロイは状況が理解できないままでいる私の襟元を掴み、足をかけると、次の瞬間には地面に倒れていた。
「ゲホッ…うぅ」
地面に倒れた衝撃で咳き込む。
「なっ!ロイ!!なにもそこまで!」
「ハナちゃん、大丈夫?」
ギル様とセロン様が慌てて私に駆け寄った。
「これは試合だ。
それにキズが残るようなことはしてない。」
「いつもここまでやってるのか?
ハナちゃんは女性だぞ。少しは手加減をしろ!」
「手加減してるに決まってるでしょう。」
心臓がズキリと痛む。
手加減…されてたんだ。
分かりきってはいたけど、言葉にされると悔しさが増す。
「彼女の才能を伸ばしたい気持ちは分かる。
でも教え方が…「いいんです。」
私はセロン様の言葉を制する。
女だからかばってもらっても余計みじめだわ。
私は自力で立ち上がった。
「皆勘違いしているようだから言います。
俺が手加減しているのはハナが弱いからです。
女だからではない。」
「え…」
「実戦になれば弱ければ殺される。それだけです。
女だからとなめてくれれば儲けですね。」
「…騎士道に反する…」
「騎士道など何も役に立ちませんよ。
紳士然と敵が名乗ってきたら、その間に俺は剣を振りかぶります。
生きて帰れればいいのです。」
「…」
セロン様はそれ以上の言葉を失い、口をつぐんだ。
「ハナ、剣士なら剣を落とすなどあり得ない。
それに視線と構えで行動が読める。
俺に本気を出させろ。」
「っ…わかったわ…」
「セロン先輩、後輩の実力が見たいなら見学でなく、一戦交えますか?」
ロイは余裕そうな笑みを浮かべながらそう言った。



