「ハァ…ハァ…なんなのよ…」
中庭に着くと、ようやくロイは手を離した。
パーティー会場とは一転、誰もいない中庭はひどく静かだ。
「…私戻るわ!」
「待て。」
ロイの迫力ある声に反射的に立ち止まってしまう。
途端に悔しさが込み上げる。
「待たないわ!もう私はあなたの部下じゃない!」
「部下ではないが…力ずくでも行かせない。」
「何よ…何にそんなに怒ってるの!?」
ロイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「…俺の言葉を疑ってるのか?」
「え…」
「俺はハナのことが好きだと言った。」
「っ…でも婚約者候補が…」
「関係ない。」
「関係なくないわ!ロイは伯爵子息なのよ!
政略的な結婚は義務なの!
ロイは将来アシュリー様と結婚する義務があるの!」
「そんな義務があるなら今すぐ家を出る。」
「なっ、バカじゃないの!?」
「バカはお前だ。
生まれ変わった理由を考えたことはないのか?」
ズキ…
胸の奥の嫌な軋みを飲み込む。
先ほども考えていた…私の場合、罰じゃないかと。
ロイは月明かりに照らされた淡い青色の目を細めた。
そっと夜風が髪を揺らす。
夜の草木の匂い、虫の音色。
そして全身を包む温もり。
ロイの腕が苦しいほどに私の背中を引き寄せる。
子どもがすがりつくようだと思った。
「俺が生まれ変わった理由は…地位を得ることでも、お嬢様と結婚することでもない。
次こそハナを幸せにすることだ。」
「…!」
「魔術者の思惑が何であれ、俺はそう捉えている。」
目頭が熱くなる。
どうして私はいつもロイの前で泣いてしまうの…
「ハナが本当に幸せになれるなら、ギルバートでもミルフォード殿でも…俺は諦める。
ただ…頼むから俺の気持ちだけは疑わないでくれ。」
「っふ…うぅ…」
「お前が俺のそばにいてもいなくても、
俺が生涯愛するのはお前だけだ。」
この人は…なんて強いの…
心の中を支配していた孤独感が晴れていく。
光が差すような穏やかな温もりに胸が震える。
私は一人じゃない。
たとえ私のこの人生が罰だとしても
一人じゃないんだわ…
抱き締める力をロイが弱め、涙があふれる私の顔を上に向かせる。
ロイの指が優しく涙をぬぐう。
目を開けると、優しい青の中に私が映り込むのが見える。
それが少しずつ近づいてくる。
ロイが私の頬の涙を唇で掬った。
「えっ!ちょ…っん…」
次の瞬間、言葉を遮るように私の口がロイの唇で塞がれた。
腰を抱かれ、顎を持ち上げられ、
されるがままロイのキスが降り注ぐ。
止まりかけた涙がまたこぼれる。
何なの、これ!!ハレンチだわ!!
止めないと…!
「っろ…ぃんん…!?」
口を開いた瞬間、ロイの舌が私の舌を絡めとり、濃厚なキスにさらに衝撃を受ける。
何これ!何これ!!
ロイの舌が私の上顎を撫でた瞬間、
足の力が抜け、その場にへたりこんだ。
ようやくキスの嵐が終わり、私は乱れた息を整える。
「ハァ…ハァ…信じ…られない…!
なんてハレンチな!」
「その様子じゃファーストキスか?」
「と、当然よ!!こんな…嫁入り前に…
ありえないわ!!」
ロイは満足そうにペロリと口許をなめると言った。
「悪いが俺は紳士じゃねぇ」
すっかりいつもの調子に戻ったようだ。
いつも通りのからかうときの悪い笑顔を浮かべていた。
とんでもない男に惚れられてしまったかもしれない…。
とは言っても手遅れ。
私を一生孤独にしないと言う彼を、私もまた幸せにしたいと…
小さな欲望が私の心に生まれていた。



