1曲目が終わると、サラは気になっている男子生徒に声をかけてくると言って、私と別れた。
他に特別親しい人がいない私は壁際に行き、一息つく。
無意味に手に持ったワイングラスを転がす。
2曲目ーー
滑らかに動いていたワイングラスがピタリと止まる。
かかった曲は前世のデビューと同じワルツだった。
自然とギル様とリンの姿を探してしまい、
「やっぱりね…」
落胆する。
2曲目も再び手を取り合う2人は眩しいほど幸せそうだ。
手に持つグラスも、1人で壁際に立つところも、
この孤独感も…
前世と一緒。
私がギル様と踊ったワルツすら、今世はリンに取られてしまった。
もしかしたら私の転生の意味は罰なのかしら…
前世の失恋と壮絶な最期だけでは償いきれず、再び叶わない恋に苦しめという罰?
一人でそんなネガティブなことを考えていると、
「ハナ様」
声をかけられた。
「ミルフォード様…」
時々ダンスの練習やお茶の席をご一緒した、ギル様のクラスの男子生徒だ。
「ごきげんよう。楽しい会ですね。」
「ごきげんよう。ええ、学園で本格的なパーティーに参加できるなんて、貴重な体験ですわ。」
「ハナ様は今お一人で?」
「…はい。先ほどまでサラと踊っていたのですが…」
「…っ、では!私と1曲ご一緒しませんか!?」
「え…」
ダンスに誘われた…?
前世では何度か男性に誘っていただいたことはあるけれど、どれも子爵令嬢という身分を見た社交辞令だった。
でも今世は平民の私を誘ってもなんのメリットもないわ…。
それともロンド家とのつながりを持ちたいのかしら…?
「い、いつも放課後をご一緒するたびに、お美しい方だと思っていました…!
本日のドレス姿もさらに素敵です!」
「えっ、そ…そんな!」
ストレートな台詞に赤面してしまう。
まさか政略的な目的でないとは思いもしなかった。
「それともお約束があるのですか?婚約者など…」
「…いいえ」
「でしたら…!」
別にいいかしら…
どうせ次もギル様と踊れるわけじゃない。
婚約者候補という肩書きがないと、ギル様と踊る口実もなくなってしまうのね。
ミルフォード様が差し出す手を取ろうと自分の手を伸ばしたとき、
「っ…!」
突然力強くその手を掴まれた。
「っ…!?ロイ!?」
「ハァ、ハァ…」
息が乱れている。
珍しい…
「っ…フェルミナ様?いきなり何ですか?」
「ミルフォード様、悪いが彼女は俺と先約している。」
「な!勝手なことを言わないで。約束など…」
ロイは私の手を握る力を強める。
「っ痛…」
「は、離してください!痛がっています!」
とっさに力を緩めたロイの手を振りほどく。
「ハナ!」
ロイの顔を見ると、焦りの色がにじんでいた。
それでも今は…ロイと一緒にはいたくない…
「ロイ?どうしたのですか?」
背後から聞こえた透き通る美しい声…
私は直感した確信を唾と一緒に飲み込んだ。
「アシュリー」
心臓がズキリときしむ。
ロイの…婚約者候補…
ゆっくり振り向くと、そこには小柄で可愛らしい女性が立っていた。
「せっかくの歓迎パーティーなんですから、もめ事はやめてください。」
「…」
「あなたは…?」
ミルフォード様が尋ねた。
「アシュリー・フォンティーヌと申します。
ロイの婚約者ですの。」
「候補だ」
「フフ…間違えましたわ。」
「ではもうよろしいですね。
行きましょう、ハナ様」
再びミルフォード様が紳士的に手を差し出す。
私は全身にこだまする心音を聞きながら、動けずにいた。
アシュリー様…
すごく可愛らしい方だわ。
小柄で女性らしく、守ってあげたくなるような…
この方が…ロイと将来結婚する方…
「ハナ!」
私を呼ぶ声につい返事をしてしまいそうになるがグッとこらえる。
「さぁ、3曲目が始まります。
ロイ、踊りましょう。」
アシュリー様がロイの腕に手をかけると、
私の中にとどめていた感情が一斉に沸騰するような感覚に襲われた。
「っ、よかったわね、ロイ!」
口が…止められない…
「こんな素敵な女性が婚約者候補だなんて、前世でどんな徳を積んだのかしら?」
「ハ…?」
「同情でそばにいてくれなくて結構よ。
アシュリー様と素敵な夜を過ごしてください。」
「お前、本気で言ってんのか…」
「そうよ!」
次の瞬間、ロイに再び強く手を握られ、そのまま引っ張られた。
「離して!どこ行くのよ!」
ロイは私の質問を無視する。
「ロイ!」
「ハナ様!」
背後でミルフォード様とアシュリー様が焦った様子で呼んでいる。
ほとんど走るくらいの速度でロイに引っ張られ、中庭の方まで連れていかれた。



