二度目の人生でかつての戦友が私を溺愛する



充実した平日を過ごし、土曜日がやってきた。
ロイとの約束の日だ。

昼過ぎに王立図書館の前に着くと、既にロイが待っていた。

「おはよう、ロイ」
「…おはよう」

指示通りスカートで来た私をロイはまじまじと見つめる。

「何よ…」
「スカートだな」
「いつも制服はスカートでしょ…」
「まぁ」

なんなのよ!
向けられる視線にいちいちドキドキしてしまう。
前世ではそんなことなかったのに…!

「入ろう。」

今世のロイの私服は貴族然としたもので、前世のラフな庶民服とは全然違う。
質の良い服、もちろん女性ものの服を着ないと、並んで歩くのも恥ずかしい。

受付でロイがなにか書類を見せると、奥の部屋に通された。

「す…すごい…」

天井まであるおびただしい本棚に圧倒される。
歴史書はもちろん、政治、文学、魔術、科学あらゆる学問の文献があり、さらにはさまざまな記録や個人の手記まであるようだった。

「好きに見ろ。」
「ええ。ありがとう、ロイ」

ロイは笑顔を向けると、魔術関連のコーナーに向かっていった。
私は早速歴史書のコーナーに向かう。
数分探すうちに目的の本が見つかった。

『アイダ滅国までの歴史』

開いてみると、時系列にそって歴史が書かれている。
平和な時代は飛ばし、自分が生まれたあたりから指先でなぞる。

『161年 コロニス国からの宣戦布告
     第5代アイダ国王による和平交渉開始
     アイダ全国への徴兵令発布
     和平交渉決裂
 162年 コロニス王国侵略戦争開戦
     5日間の交戦の末アイダ国王崩御
     コロニス王国侵略戦争終戦
     3ヶ月の籠城戦の末、王太子崩御
     アイダ滅国』

怒涛のあの数ヵ月は文字にすると淡白だった。
仕方がないわ。これが歴史…

私の死後、3ヶ月も籠城戦をしていたんだ。
コロニスの兵力があれば、数日…長くても1ヶ月で城が落とされてもおかしくないのに…。

次に戦死者名簿を手に取った。
何ページにもわたるその名簿に冷や汗が伝う。

これも…仕方がないことなの?
数センチの文字列に人1人の命が乗っている。
私の中では「歴史」という言葉で片付けることはできなかった。

セレスティーナ大隊の文字を見つけ、ゴクリと唾を飲む。

アイザック・セレスティーナ…父だ。
お父様の名を筆頭に、テッドや見知った名前が続く。
そして…

『ハナ・セレスティーナ』

自分の名前を見つけた。
私の肩の力がスッと抜けた気がした。
ため息をついて、ページをめくる。
次の瞬間ハッとなった。

『ロイ・クリゾンテム』

ロイ…
ロイも戦争で死んでしまったのね…。
状況的に十中八九そうだと思っていたけれど、ほんの少しの希望でも、おじいちゃんになるまで平和な場所で暮らして亡くなっていてくれたらと願っていた。
前世の私の願いは何一つ叶わなかったわ…。

意味もなく延々と続く戦死者名簿をめくり、最後のページにたどり着いた。

『コロニス王国侵略戦争功労者

ドナルド・リッカー
宰相として、終戦協定にて最小限の犠牲で済むようコロニス国王と交渉、合意した。

キール・ガーランド
医師として、戦地での敗残兵の治療に尽力し多くの命を救う。

リンネット・セレスティーナ』

「え…?」
突如現れたよく知る名前に思わず声を漏らす。
慌てて続く文字を追う。

『リンネット・セレスティーナ
魔術師として、籠城戦で主に強力な防護結界での敵兵の足止めに寄与した。
終戦後、コロニス王国魔術師団に任用される。』

リンがコロニスの魔術師団?
まずそれほどまでに魔術の才能があったことを知らなかった。
それに、いくら才能があっても、アイダの軍人貴族としてありえない登用だわ。
普通だったら処刑される立場なのに…。

コロニスの魔術師として生きたなら…もしかして長く生きて、命を繋いだんじゃ…!

私は慌てて本棚からアイダの貴族名簿を探す。
セレスティーナとして、リンが生きた歴史があるかもしれない。

あった!セレスティーナ家。

『アイザック・セレスティーナ 戦死
キャロライン・セレスティーナ 処刑
ハナ・セレスティーナ 戦死
リンネット・セレスティーナ「え…」

信じられない記述を見て思わずその場に座り込む。


『リンネット・セレスティーナ 自死』


「っ、ど…どうして…」
その瞬間、背後に気配を感じ、振り返った。

「ロイ…」

ロイが黙ってこちらを見下ろしている。
衝撃的な悲しすぎる結末に涙をこらえることができない。
ロイに涙を見せたくないのに…


「ハナ、おまえ前世の記憶があるだろう」


予想だにしなかった問いかけに、何も答えられずその場で固まる。


「俺にもある。」


その瞬間、心臓が大きく脈打った。
胸の上で祈り文が燃えたときの熱さを感じる。
私たちの奇妙な縁が「運命」に姿を変え、交わっていく始まりの合図だった。