体育館に着くと、まずその広さに驚いた。
前世の訓練所くらいの広さがある。
訓練所は屋根もない広場だったけれど、体育館は同じ広さの建物だ。
さすが大国コロニスね。お金があるわ…。
「広いのね。」
「そっか、ハナは入学式のとき保健室にいたもんね。
入学式は1年生全員が座れていたのよ。」
入学式はここで…
「皆さん、集合してください!」
教師の号令を聞き、クラスの生徒が1ヵ所に集まった。
「今日は初回ですから、準備運動とランニングのあと、まずは木剣に触れてみましょう。
剣の心得がある人は、簡単な打ち合いをしてみてください。
ではまず準備運動から…」
そうか、授業だし真剣なわけないわね。
訓練所でも最初は木剣、その後に真剣と同じ重みで切れ味のない模擬刀を使っていた。
「ハナ、体育は得意か?」
準備運動中、ロイが話しかけてきた。
「あまり運動はしたことがないの。」
「ふぅん」
「あ、ロイ様!」
私のとなりで準備運動をしていたリンがロイに気づいた。
「ロイでいい。敬語もいらない。」
「本当ですか!嬉しい。ロイ!」
リンの天真爛漫な笑顔に少し違和感を覚える。
あれ、リンはギル様が好きなはずよね?
「ロイは剣術やったことある?」
「まぁな」
「へぇ!すごい!!」
「座学も魔術もからきしだから、剣術科に行くしかないんだ。」
「十分すごいわ!私はどんくさいからきっと剣術はダメだと思う。
ハナは運動神経がいいから向いてるかもね!」
「そうかな…。」
あいまいな返事をしたけれど、きっと向いてると思う。
準備運動で身体はしなやかに動かせるし、木剣を見てから胸が高鳴っている。
さっきから右手に何か足りない感覚がある。
「ハハッ、当たってるかもな。」
ロイの綺麗な淡い青色が私を見つめる。
私を見透かす目だ。
ランニングを終え、息も整えないうちに木剣に歩み寄る。
そっと右手で柄を握ると、足りないピースがはまったような感覚を覚えた。
「やっぱり…私には剣だわ」
私に価値を与えてくれるのは剣だ。
「では握り方から説明します!」
先生の説明を聞きながら、生徒たちが剣の持ち方、構え方、素振りを見よう見まねで行う。
その姿を見て違和感を感じた。
まるで子供の遊びだ。
剣の構えも下ろし方も、お粗末だった。
剣を初めて持つ生徒ならまだしも、先生や剣の覚えがありそうな一部の男子生徒も、私が知る剣術の基礎にすら程遠い。
どういうことなの?
困惑しながらロイを見ると、ロイも先生の教えの通り剣を振っていた。
だけど…何か違う。
「では剣の覚えがある人は前に出てください!
実際の打ち合いをしてみましょう!」
ロイを含めた数人の生徒が前に出た。
「では、ブラウンさんとウィンチェストさんで打ち合ってみてください。くれぐれも怪我のないように。」
その打ち合いを見て、お粗末な剣術の理由がはっきりわかった。
この剣は人を斬る剣じゃないわ。
丁寧に正しく、力と速さをただぶつけ合う剣術。
突いたり、力を流したり、回り込んで横腹から斬るような、野蛮な剣術ではない。
そうか、これが平和な時代の剣術…。
私は木剣の柄をぎゅっと握った。
私の価値はこの時代では通用しないんじゃ…
「では次、フェルミナさん。お相手は…」
「指名してもいいですか?」
ロイの提案にクラスがざわつく。
「え、ええ…誰ですか?」
「ハナ・ロンド。」
全員の視線が私に集まる。
「えっ!?な、なんで…私、剣の心得はなくて…」
「安心しろ。身体に当てたりしない。」
「フェルミナさん、女子生徒相手はちょっと…」
「なぜです?女性も剣術を学ぶ権利があります。」
「しかし、怪我でもさせたら…」
っ、どうして私が負ける前提で話してるのよ!
当然の反応かもしれないけど、悔しさが込み上げる。
だって…
私は剣士だもの!
ぎゃふんと言わせてやる!
「いいわよ。初心者の私にさぞや優しく教えてくれるんでしょうね。」
「もちろん、手取り足取り教えてやる。」
「変な言い方しないで!」
私が前に出て剣を構えると、ロイも応えるように剣を構えた。
その瞬間、空気が変わった。
先生や生徒も、なぜかみんな口を閉じる。
私は深呼吸をして、ロイににじりよる。
構えは基本。まともに打ち合えば力で負ける。
前世でロイに勝てたのは私の速さが活かせた数回のみ。
今の私はなにも鍛えていないから、さらにロイに劣るわ。
でも有利なのはロイが私を初心者だと思って油断していること。
下手なふりをして、正面から打ち合ってもらい、受け流して体勢が崩れたところを回り込んで打つ!
「行くわよ!」
私がまっすぐ剣を振ると、思った通りロイは正面から応えた。
よし、今!
受け流そうと剣を引く。
「おっと…」
ロイがよろけた。
私は脇に回り込み、横薙ぎの一撃をロイの背後に…
ガッッ!
「キャー!」
一部の女生徒からの悲鳴が聞こえた。
「クッ…」
固い手応え…
すぐに振り向いたロイに防がれた…!
「背後をとるなら、あと一歩早く動け」
ロイが身体の向きを変えたかと思った直後、
死角から飛び込んできた攻撃ーー
回し蹴り…!
蹴られる!
カランカラン…
乾いた音が体育館に響いた。
同時に手の中が空になっていることに気づく。
木剣を蹴り飛ばされた…。
負けだわ…。
その瞬間、体育館に響きわたる歓声が上がった。
「すげぇ!なんだ今の!」
「ハナ様の動きもすごかったわ!」
「剣士科の剣術大会かと思ったよ!」
ロイは私の肩をポンと叩いた。
「やるじゃん」
「っ…!」
「ねぇ、ハナ様!剣術を習ったことがあるの?」
「…しい…」
「え?」
「悔しいわ!」
私が顔を赤くしてそう言うと、クラスのみんながどっと笑った。
「どれだけ負けず嫌いなんだよ!」
「ハナ様っておもしろいのね!」
「え、え…?」
何が起こっているの?
私がみんなの笑顔の真ん中にいる…。
こんなの初めて…
「よかったらお友達になりましょう、ハナ様」
1人の女生徒が私に手を差し出した。
「よ、よろしくお願いします…!」
その手を握り返すと、また体育館が明るい笑い声に包まれた。
よくわからないけど、みんなが喜んでくれたわ。
それに…前世と今世通じて初めての友達ができた…!
私は入学以来初めて肩の力を抜いて笑顔になることができた。



