名残惜しくもリンとギル様と別れ、渋々図書室に向かう。
ロイはどういうつもりなの?
本当に友達になった善意で付き添ってくれてるとは思えない。
もともと本心が読みづらい人だったけれど、前世での彼の最後の行動で、さらに心が読めない存在になった。
「俺、ここにいるから。無理するなよ。」
そう言ってロイは図書室の隅の椅子に座り、手持ちの本を開いた。
私をからかってるだけかと思えば、優しい言葉をかけて心地よい距離を置いてくれる。
そう言えば前も不思議と居心地のよさを感じさせる人だった。
そう、あれは訓練所に来てすぐの頃ーー
私は王都の市場に食材の買い出しに出ていた。
市場で買い物なんてしたことがなかったから、ロイについて来てもらった。
その頃はまだつかみどころのないロイに、心からの信頼は置けていなかった。
「王都は活気があるのね。
セレスティーナ領は山が多いから、こんなに人が集まることはめったにないわ。」
「俺も田舎出身だから最初は驚いたよ。」
「そうだったわね。フフ…
ロイに鍬はあんまり似合わない…」
「褒め言葉だろうな?」
「フフ…もちろん!」
そんな他愛ない会話をしていたとき、
「ハナ様?」
思いがけない人に声をかけられた。
「レイラ様…」
王都の近くに住んでいる子爵令嬢のレイラ様だ。
令嬢時代に何度かパーティーでお会いしたことがある。
「ハナ様、どうして王都に?そのお召し物は…」
「え…」
今着ている服は国から兵士に支給される男物のシャツとズボン。
自分の普段着は訓練所に初めて来たときに着ていたワンピースと、他に2着だけだから、洗濯しているときは今の服を着ていた。
さすがに休日に隊服を着るのはどうかと思いこの服を着たけれど、これも令嬢が着る服ではない。
普段はなにも気にしていなかったから、令嬢時代の知り合いに見られて一気に恥ずかしくなった。
「もしかしてハナ様が出兵なさって…?」
「ええ」
「そんな…」
レイラ様は口を手で覆い、顔を伏せた。
レイラ様には兄君がいらっしゃる。
そうでなくても、お父上が出兵なさるだろう。
貴族の女性が出兵することはまれだ。
セレスティーナのような軍人として地位を得た家のみ、当主を隊長として、もう1人を兵士として、出兵させる王命だった。
「いいのです。これもセレスティーナに生まれた私の義務ですから。」
笑顔の私を見て、レイラ様は眉尻を下げると、
「ご無事をお祈り申し上げます」
と言い、深く頭を下げ、去っていった。
去り際、ヒラリと揺れる高級そうなスカートを見て、なんとも言えない気持ちになる。
うらやましいのか、妬ましいのか…
すぐには自分の気持ちを理解することができなかった。
「お前、本当に貴族だったんだな」
「褒め言葉じゃないわね?」
「貴族令嬢が訓練所に来るなんて普通ないからな。
貴族を装ったちょっと金持ちの家の娘だと疑ってた。」
「こんな服だしね」
「まぁな」
ロイは私がすねていることなどお構いなしにヘラヘラと笑った。
私はムッとする。
ロイはそんなことにも気づかない。
いや、気づいてあえて言っているのだろうか。
「もうこの話はいいわ。買い物に行きましょ。」
信頼関係を築いていかなくてはならないのだから、小さな苛立ちは呑み込もう。
「ハナ」
「何?」
振り向くと、ロイは真剣な眼差しを向けていた。
「お前はこの小隊で俺の次に強くなる。
さっきのお嬢様も、ハナの家族も、国民も、俺たちで守るんだ。」
「…っ」
「必ず勝つぞ」
そう言うと、ロイは握手を求め、手を差し出した。
女性に対するエスコートとは違う。
対等な相手への敬意の表し…
私のいじけた気持ちはあっという間に消え去り、素直にその手を握り返した。
「よし、買い物だ」
その時思った。
この隊長はお世辞を言わないけれど、嘘も言わない。
この先、彼の言葉で傷つくこともあるだろうけど、嬉しいと思ったら、素直に喜んでいいのだわ。
お世辞と嘘にあふれた貴族社会とは正反対の環境に、私は居心地のよさを感じていた。



