オリオンテーションが終わり、図書室に向かおうとしたときーー
「ロイ」
心臓を動かす声に私は思わず固まった。
「ギルバート」
「一緒に門まで帰ろう。あれ、ハナ?」
「ギル様…こんにちは。」
今朝手を貸していただいた以来なのに、どうしてか緊張してしまう。
前世を思い出した今、単なる淡い恋心が、深く熱く胸を焦がすものに姿を変えてしまった。
今世では、私とリンとギル様の関係は、商家同士親交があり、同い年の子供がいたがゆえの単なる幼なじみ。婚約者などというしがらみもない。
「もう体調は大丈夫?」
「ええ、大丈夫。」
「そうか、でも今日はリンと一緒に帰った方がいいね。
リンは…ああ、もう友達ができたのか。」
ギル様はリンの席の方を見て、隣の席の女生徒と楽しそうに話している姿にクスリと笑った。
「そうするわ…」
婚約者というしがらみはないけれど、わかる。
彼の瞳は今も昔もリンを追っている。
いつも見てきた。
リンを見つめるその横顔に私は恋をしている。
「もしかしてロイの席の隣なの?」
「そ、そうみたい…」
「奇遇だね。フェルミナ伯爵家には贔屓にしていただいていて、昔から父たちの商談中ロイとよく遊んでたんだ。」
「そうなの…。」
だから気安く話しているのか…
何の気なしにロイを見ると、ロイもこちらを見ていて思いきり目があってしまった。
私は反射的に目をそらした。
前世からそうだ。
ロイのこの私を見透かすような視線が少し苦手だ。
前世でもそうして私の恋心はロイにばれていた。
「ハナ!」
明るい声が私たちの間に飛び込む。
友人との会話を終えたらしいリンがこちらに歩いてきた。
「ハナ、今からカフェテリアに行かない?
隣の席の子とお茶をしようと話していたの。」
「リン、ハナは体調が悪かったんだから、今日は一緒に帰った方がいいんじゃないか?」
ギル様が紳士的なフォローを入れ、
リンが困惑したような表情を浮かべる。
「ごめんなさい…。私ってホント考えなしで…」
「リン、私図書室に行きたかったの。
本当に体調はすっかりよくなったのだけれど、リンはお茶、私は読書のあとちょうどいいから一緒に帰りましょ。」
「でも…」
リンが渋るのは当然だわ。
だけど、本当に体調はいいし、図書室でアイダ国についての調べものがしたい。
「そしたら僕が一緒にいようか?」
「え!ギル様…?」
思いがけないギル様の提案に私の体温が急上昇する。
まさかそんな事態になるとは想像もしていなくて、私の顔は今真っ赤だろう。
周囲にばれないように、それ以上なにも言えなくなってうつむく。
「リンはゆっくりお茶をしてていいよ。」
「そ…そうかしら…」
最高の展開に一歩ずつ近づいていく高揚感が、次の瞬間あっという間に崩れ去った。
「ギルバート、お前今日は用事があると言っていただろ。
友達になった縁だ。俺がハナと一緒にいてやる。」
ハァ!!?
声にも表情にも出さないけれど、心の中で叫び声を上げる。
なんて余計なことを言ってくれるのよ!
「し…初対面のロイに頼むのは申し訳ないです。
身体は本当に良くなりました。」
「また敬語」
こんなときにどうでもいいでしょ!?
「ロイ様とおっしゃるの?」
どんどん嫌な展開に転がっていくのをリンの声がブレーキをかける。
ナイスアシストよ!リン!
「あぁ」
ロイの気のない返事。
貴族とは思えないわ。
「リンネット・ロンドと申します。
ハナの双子の妹です。同じクラス同士よろしくお願いします!」
「ロイ・フェルミナだ。」
ロイはそれだけ言うと、プイと顔を背け、すぐさま私の顔を覗き込む。
「さぁ行こうか、ハナ」
ロイの王子様のような笑顔を向けられ、断れる空気など一切ない状況。
私は仕方なく
「ありがとう」
と無理やりタメ口でお礼を言う他なかった。



