オリエンテーションが終わったら図書室へ行ってみよう。
コロニスとしての歴史ではなく、アイダとしての歴史の最後がわかるかもしれない。

そんなことを考えながら、教室に入り指定の席に着く。
ふと隣を見て、私は思わず立ち上がった。

「っロイ…!」
「え?」
「…っ、様…」

しまった、慌てて取り繕ったけどいきなり名前を呼ぶなんて!
そもそも自己紹介もまだなのに!

「ギルバートから聞いたのですか?」
「え?…あ、はい…」

ギル様と知り合いだったの?
というかロイが敬語を使ってる…!
なんか可笑しいわ…

「そうですか。
先ほど体調が悪そうでしたがもういいのですか?」

先ほどのロイの視線を思い出す。
全然心配してなかったくせに…

「ええ、これでも身体は強い方なのです。」
「私からしたら華奢なご令嬢ですよ。」

何よー!
私に模擬戦で何回か負けたことがあるくせに!!

それにしても、ロイの上品な口調と女性を立てる発言が似合ってなさすぎて可笑しいわ。

「ふっ…」

思わず口から笑い声がこぼれてしまい、咳払いでごまかす。
ロイを見ると目をまんまるくしている。
しまった、完全にこれじゃあおかしな女だわ…。

「自己紹介が遅くなり申し訳ありません。
ハナ・ロンドと申します。
隣の席同士、よろしくお願いいたします。」

「私はロイ・フェルミナと申します。」
「フェルミナ…って」
50年前、私が貴族だったときから知っている代々コロニスの役人を務める家名。

「フェルミナ伯爵家の次男です。」
「た、大変失礼いたしました!」

私は慌てて頭を下げた。
一平民が伯爵家の方に名乗りもせずに…
家ごととりつぶされてもおかしくない不敬だ。

「いいんですよ。この学園では身分制度は関係ありません。
入学式で説明されたでしょう。」
「え…」
「ああ、そうか。
あなたは体調不良でいらっしゃらなかったのですね。
とにかく、対等に接してください。
名前も呼び捨てで。敬語もなしでいいです。」
「し、しかし…っ」

困惑する私を見て、ロイは悪巧みを思い付いたときの顔をした。
憎らしいその表情にすら懐かしさを感じる。

「そうやって私を高みへ追いやって仲間はずれにしようとしているのですか?」
「ちっ、ちがいます!決してそのようなこと!」
「安心しました。では『ロイ』と。」
「…っ、ロイ」
そう言うとロイは満足そうにうなずいた。

「よろしく、ハナ」

ロイの懐かしい笑顔を見て、途端に目頭が熱くなる。
前世と…まるで変わってないわ。

ロイはあのあと無事に帰れた?
でもあなたの祈りも叶わなかったね。
戦争には勝てなかったけれど、ロイがロイらしく生きたのなら、私は嬉しい。
私を刺し殺した相手なのに、どうしても憎めない。

「よろしく…っ」

なんとかひねり出した言葉はそれだけ。
あと一言でも発したら、泣いてしまいそうだった。