夜ーー
わずかな楽しみの時間。
小隊での酒盛りだ。
私はいつも通りロイのとなりに座る。

「ロイ…」
「なんだ」
「少なくなったね…」

もともと50人いたロイ小隊は今や30人に減っていた。

「そうだな…」
「こういうものだってわかっていたつもりなのに…」
私の目に涙がにじむ。

今日、テッドが殉死した。

「勝つまで泣くな」
「っ…」
「酒でも飲め」

ロイが私の盃にお酒を注ぐ。
テッドが好きだったアイダ南方のワインだ。

「いい酒は持ってくるなって言ったのに、テッドが1本だけ隠してやがった」

盃をあおり、溜まった涙をぬぐう。

「せっかくの高級酒なのに、しょっぱくて味がよくわからないわ。」

私が無理矢理笑顔を浮かべると、ロイも盃をあおった。

「本当だな」

残った30人でテッドのワインを分け合い、半ば無理矢理眠りについた。
明日も戦わなくてはいけない。


そして、翌日ーー

その日、戦況は大きく動いた。
アイダとコロニスの中央隊主砲同士が正面衝突したのだ。
半日も続く交戦の末、アイダ中央隊の将を務めていた大隊長が討たれた。

そう。
お父様が討たれた。


「嘘よ…」
「っ、ハナ!後方の援護に入れ!」
「嘘よ、絶対に嘘、嘘、嘘」
「大隊長戦死はデマの可能性もある!!
とにかく後方援護を!」
「っ…!!」
「ハナ!!」
「っうあぁぁあああ!!!!!」

八つ当たりをするように、無我夢中で敵を斬った。
何時間そうしていたのかわからない。
私が目を覚ましたとき周囲の戦闘は終わっていた。


痛みを感じない。

手足が動かない。

剣を…お父様がくれて、リンが加護の魔術を施してくれた…私の愛剣はどこ…?

ハナ…

どこからかロイの声が聞こえる気がする。
立ち上がらなくては…
感覚がないのになぜか上半身を起こすことができた。
よし、これならまだ…戦える「え…」


私の

右足が…
ない…


その瞬間、上半身を支えていた腕の力が抜け、その場に仰向けに倒れこんだ。

寒い…寒いわ
私…死ぬの?
私の祈り文…

懐に手を突っ込み、それらしきものを取り出す。

私の願いは、幸せなリンとギル様のとなりで私も幸せになること…
そんなんじゃない。

本当に書いたのは『戦争が終わったらギル様に好きだと伝えること』だったわ。
私は足が速いから、凱旋する軍隊よりも速く走って戻って、ギル様に会いに行こうと思ってた。
だけどもう、走れない。
こんな足じゃ、ここから立ち上がることもできない。

きっとリンとギル様の二人にとっての幸せを優先しなかった罰ね。
強くなっても、仲間ができても、私の感情は子供のまま。

自分の幸せが一番ほしいの…


「…ナ」

「…ハナ!」


意識を取り戻し、うっすらと目を開ける。

ロイだ。

声が出せない。

生きていたのね。よかった…

ロイがなにかを持って腕を振り上げた。

この…
魔力…

剣に加護魔術を受けたときと、レストランで祈り文の封を閉じたときにも感じた。

青空の中にキラリと光る
小型のナイフ。


ドスッッ


胸に強い衝撃を受け、即座に意識が遠のく。
なにか…温かいものが胸の上にある。

燃えている…
私の祈り文が燃えている…

ああそうか、祈り文ごと私の身体は貫かれたのね…
もう私の願いごとは叶わないのだわ。

幸せに…
幸せになりたかった。

こめかみを何かが伝う感覚がある。
久々の涙…

剣士としての、最期の涙だった。



「ギ…ル…さ、ま」




アイダ暦162年ーー
ハナ・セレスティーナは享年16歳で
コロニス王国侵略戦争で戦死した。