大会議室に向かって、思い切り、走った。
息が苦しい。
脈が速い。
先輩に、気持ちを伝えるからなのか、今走っているからなのか。
その両方なのか。
今思えば、あれは一目惚れだった。
わたしは初めて見た時から、千里先輩から目が離せなくなっていた。
たまたま見かけただけ、ただの偶然だった。何かが噛み合わなければ知り合うはずもなくて、こんなにも惹かれるはずもなかった。
わたしは、たくさんの視線を引きつける圧倒的な容姿がない。
癖の強い髪がところどころうねっていてどんなに手入れをしてもぼわぼわとしてしまう。
肌はくすんで、ブランドのグロスリップより、薬局の安い色つき保湿リップの方がしっくりくる。
心だって強くないし、綺麗じゃない。
自分が傷つくのを恐れて、逃げ出して仕舞うような卑怯な性格だ。
それがいやで、バレたくなくて、無理に笑って、無理に着飾って、隠した。
そんな人間に、きらきらと輝く先輩の隣に立つ資格があるはずがない。
告白なんてされたら迷惑でしかないだろう。
私が彼だったとしても、丁重にお断りどころか、ばっさりと振るだろう。
でも先輩はそんな私を肯定して、わたしが大嫌いなわたしを、先輩は素敵だと言ってくれた。
嫌なところの方が多い私の人生の中で初めて報われた気がした。
それから少しだけど、自分のことを愛してみようと思ったんだ。認めてあげようと思えたんだ。
真正面からありのままの思いを伝えて、先輩と話したい。
きっと、今も先輩は、大会議室にいる。
結果なんて知らない。どうなったって。気持ち悪い、勘違いするな、と罵られようが。
私より1歩先を走る黒い影が余計に私の心を沸き立たせる。
もう今までのように、話すことは出来なくなるだろう。
明日からは、文化祭が終わって、大会議室で会うこともなくなる。
だから、いま。
今しかない。伝えるチャンスは。
明日からは、「またな」と先輩から笑顔を向けられることもなくなるんだろう。
明日からは、買いすぎたお菓子のおすそ分けもできなくなるんだろう。
明日からは、くだらない話でふざける先輩を笑うことは出来ないんだろう。
明日のことを考えれば考えるほど目の前が真っ暗になるような気がして、恐ろしかった。
もう、彼なしの生活は私にとって非日常に変わってしまった。今更考えられるはずがないんだ。
「先輩!」
だから、先輩。まだ私に夢の続きを見せてよ。
「桂花?どうしたの。」
普段、人通りのない扉が勢いよく開くもので、先輩はひどく驚いた顔をしていて、同時にすごく間抜けに見えた。
「先輩…」
ぽかんとこちらを伺う先輩の顔を見ると、言葉が喉でつっかえて上手く出てこない。
気持ち悪がられてしまうかもしれないという恐ろしさが、また込み上げてきた。
カーテンの隙間から差し出す、茜色の夕日が感情を掻き乱してくる。
「えどうした?なにかあったのか?」
少しかがんで私の顔を覗き込んだ先輩の顔は、『心配』と書いてあるようだった。
こんなに優しい先輩に押し付けるようにして気持ちを伝えていいのだろうか。
それでもいいから思いを伝えたいと思ってしまうのは私の自己満足だろうか。
そして、それがもし何かの間違いで良い方に変わって欲しいと願ってしまうのも、この勢いにのせられた気の迷いだろうか。
「先輩あのね。」
そう言って、ふぅっと大きく息を吸った。
「先輩には、もっと背が高くて、くしゃりとした笑顔で、目が硝子玉のように丸く大きくて、甘い声の可憐な女の子がふさわしいです。」
そうまくしたてて、下を向いた。
想像すればするほど、自分とはかけ離れていることを自覚する。
わかってる。なれっこないんだ。彼女になんて。
恐怖なのか興奮なのか、それとも悔しさなのか、急に涙がこぼれそうになった。
巻き下ろしたセミロングの髪が顔に影を落としてくれて助かった。
「でも、」
そう続けて顔を上げた。私の目線に合うように少しかかんでこちらを伺う先輩を見すえた。
神様お願いします。
身の程知らずの恋は今日で終わりにしますから。
_________今は私が先輩を1番大好きで居させてください。
「すきです。」
「……え?」
先輩は目を見開いて、硬直した。
ぽかん、と見つめてそのままだった。
てっきり、瞬殺かと思っていたからその様子に戸惑ってしまった。
「……あ、すみません。いきなり、こんなこと。迷惑ですよね。」
迷惑なんだ、きっと。だから何も言わないんだ。
かっと顔が熱くなって、俯いた。
途端、ふわりと包まれた。
何かと思って、顔を上げると、目の前に先輩の顔があった。
私は彼の胸に顔を押し付けられ、強く抱き締められていた。
驚きと嬉しさで、「…あ、」とか「その…」とか、情けない声しか出なかった。
「はは、先越されたな。」
「え?」
彼はそう言って、眉を下げて笑った。
意味がわからなくて、真上にある彼の顔を見上げた。
「迷惑なわけない。嬉しいに決まってんじゃん、好きな子に好きって言われて。」
彼は抱きしめていた手を解いた。
そして、私の手をしっかりと繋いで、目を合わせた。
「俺も好き。」
「……え?」
「だいすき。」
全く予想してなかった言葉が聞こえて、驚いて、目を見開く。
「ほ……ほんと?」
「ほんとだよ。」
そう言って、ころころと笑った。
そんなの、信じられない。
「……いつから、」
「うーん、桂花は知らないと思うよ。」
そう彼は苦笑し、口を開いた。
「大野先生に部活の連絡を聞きに行った時があったんだ。その教室に、桂花がいた。」
遠い過去を見つめている、甘い瞳だった。
「なんて、純粋な笑顔なんだろうって。嘘ばっかりの俺と違って、飾らない笑顔が眩しく見えた。」
鼓動が高鳴った。
彼に見入ってしまう。
「暑い日にホットココア買ったり、可愛いのに自信がなかったり、面倒くさがりなのに真面目だったり。変な子って思って、面白がってた。…でも、気づいたら…目が離せなくなってた。」
心臓がうるさい。
きっと、私の顔は真っ赤だろう。
ほとんど沈んでいる夕日になんて負けないくらい。
何も考えられない。
目の前の彼のことを大好きだということしか。
枯れきった涙が、また、溢れでた。
「あはは、なんで泣くの。」
「……だって、先輩は、楓のことが好きなんじゃないの。」
「…は?え?なんで。」
「楓の話したとき、すっごい優しい顔だった。」
「いや、それは、感謝というか、尊敬というか。か。楓は、憧れみたいな感じだよ。」
「……楓のこと、後夜祭に誘っていたのは?」
彼は少し考えるようにしたあと、「ああ、」と顔を赤らめた。
「あれは、楓に、後夜祭のジンクスについて教えてもらっただけだよ。ほんとは、桂花のこと誘おうと思ってたんだけど、タイミングみすった。」
そう言って、彼は目を逸らした。
眉を寄せてむっとした顔をしていたけれど、耳は真っ赤になっていた。
全部、私の勘違いということ?
「……よかっだぁ。」
今までの不安だったものが波のように押し寄せて、そのまま、涙として流れ出た。
彼は、頬につたった涙を拭った。
「俺が好きなのは、桂花だよ。ずっと、好きだった。今日の格好だって、可愛すぎて、おかしくなりそうだったんだからな。」
そして、私の頬を包み込むように優しく撫でた。
彼のアーモンド型の眼と、今までで1番近い距離であった。
心臓が壊れそうなくらい、速く脈打つ。
先輩に聞こえてしまう。
身体が熱い。
彼は、少し猫背気味にして、私の目線に合わせた。
そして、唇に優しい感覚があった。
優しく、暖かい。
私の世界は、彼だけになった。
瞬間、窓の外から大きな爆発音がした。
私たちは急いで離れた。
それがあまりの慌てようで、2人で吹き出した。
そして、もう一度、爆発音がした。
2人で、カーテンを開けると、目の前で大きな火の花が咲いた。
「……これ、」
「後夜祭のフィナーレの花火だ。」
それは、ちょうど、大会議室の私たちの目の前で破裂した。
「ジンクス、知ってる?」
「『後夜祭の花火を見た2人組は幸せになれる』ですよね。」
「タイミング、良すぎじゃない?」
彼はまた、私を抱き寄せた。
「幸せにする。」
頭上で、大好きなあの声が響いた。
「もう、十分幸せです。」
そう言って、笑うと、 潤んだ瞳から涙が1粒落ちた。
それを見た彼は、大好きなあの笑顔をみせた。
そして、もう一度、キスをした。
今度は、甘くじんわりと温かく、でも、しっかりと。
目の前で、大きな火花が、2人を照らした。
キツい印象を持たせる目と眉を下げ、少し俯きがちにくしゃりと笑う、顔。
自分を救った優しさを、今度は自分がしたいと思う、誠実さ。
そんな、貴方だから、好きになった。
そんな、貴方だから、伝えたいと思った。
私の想いは、千里先にでも届いて行きそうなくらい、薄れそうにない。
【完】
息が苦しい。
脈が速い。
先輩に、気持ちを伝えるからなのか、今走っているからなのか。
その両方なのか。
今思えば、あれは一目惚れだった。
わたしは初めて見た時から、千里先輩から目が離せなくなっていた。
たまたま見かけただけ、ただの偶然だった。何かが噛み合わなければ知り合うはずもなくて、こんなにも惹かれるはずもなかった。
わたしは、たくさんの視線を引きつける圧倒的な容姿がない。
癖の強い髪がところどころうねっていてどんなに手入れをしてもぼわぼわとしてしまう。
肌はくすんで、ブランドのグロスリップより、薬局の安い色つき保湿リップの方がしっくりくる。
心だって強くないし、綺麗じゃない。
自分が傷つくのを恐れて、逃げ出して仕舞うような卑怯な性格だ。
それがいやで、バレたくなくて、無理に笑って、無理に着飾って、隠した。
そんな人間に、きらきらと輝く先輩の隣に立つ資格があるはずがない。
告白なんてされたら迷惑でしかないだろう。
私が彼だったとしても、丁重にお断りどころか、ばっさりと振るだろう。
でも先輩はそんな私を肯定して、わたしが大嫌いなわたしを、先輩は素敵だと言ってくれた。
嫌なところの方が多い私の人生の中で初めて報われた気がした。
それから少しだけど、自分のことを愛してみようと思ったんだ。認めてあげようと思えたんだ。
真正面からありのままの思いを伝えて、先輩と話したい。
きっと、今も先輩は、大会議室にいる。
結果なんて知らない。どうなったって。気持ち悪い、勘違いするな、と罵られようが。
私より1歩先を走る黒い影が余計に私の心を沸き立たせる。
もう今までのように、話すことは出来なくなるだろう。
明日からは、文化祭が終わって、大会議室で会うこともなくなる。
だから、いま。
今しかない。伝えるチャンスは。
明日からは、「またな」と先輩から笑顔を向けられることもなくなるんだろう。
明日からは、買いすぎたお菓子のおすそ分けもできなくなるんだろう。
明日からは、くだらない話でふざける先輩を笑うことは出来ないんだろう。
明日のことを考えれば考えるほど目の前が真っ暗になるような気がして、恐ろしかった。
もう、彼なしの生活は私にとって非日常に変わってしまった。今更考えられるはずがないんだ。
「先輩!」
だから、先輩。まだ私に夢の続きを見せてよ。
「桂花?どうしたの。」
普段、人通りのない扉が勢いよく開くもので、先輩はひどく驚いた顔をしていて、同時にすごく間抜けに見えた。
「先輩…」
ぽかんとこちらを伺う先輩の顔を見ると、言葉が喉でつっかえて上手く出てこない。
気持ち悪がられてしまうかもしれないという恐ろしさが、また込み上げてきた。
カーテンの隙間から差し出す、茜色の夕日が感情を掻き乱してくる。
「えどうした?なにかあったのか?」
少しかがんで私の顔を覗き込んだ先輩の顔は、『心配』と書いてあるようだった。
こんなに優しい先輩に押し付けるようにして気持ちを伝えていいのだろうか。
それでもいいから思いを伝えたいと思ってしまうのは私の自己満足だろうか。
そして、それがもし何かの間違いで良い方に変わって欲しいと願ってしまうのも、この勢いにのせられた気の迷いだろうか。
「先輩あのね。」
そう言って、ふぅっと大きく息を吸った。
「先輩には、もっと背が高くて、くしゃりとした笑顔で、目が硝子玉のように丸く大きくて、甘い声の可憐な女の子がふさわしいです。」
そうまくしたてて、下を向いた。
想像すればするほど、自分とはかけ離れていることを自覚する。
わかってる。なれっこないんだ。彼女になんて。
恐怖なのか興奮なのか、それとも悔しさなのか、急に涙がこぼれそうになった。
巻き下ろしたセミロングの髪が顔に影を落としてくれて助かった。
「でも、」
そう続けて顔を上げた。私の目線に合うように少しかかんでこちらを伺う先輩を見すえた。
神様お願いします。
身の程知らずの恋は今日で終わりにしますから。
_________今は私が先輩を1番大好きで居させてください。
「すきです。」
「……え?」
先輩は目を見開いて、硬直した。
ぽかん、と見つめてそのままだった。
てっきり、瞬殺かと思っていたからその様子に戸惑ってしまった。
「……あ、すみません。いきなり、こんなこと。迷惑ですよね。」
迷惑なんだ、きっと。だから何も言わないんだ。
かっと顔が熱くなって、俯いた。
途端、ふわりと包まれた。
何かと思って、顔を上げると、目の前に先輩の顔があった。
私は彼の胸に顔を押し付けられ、強く抱き締められていた。
驚きと嬉しさで、「…あ、」とか「その…」とか、情けない声しか出なかった。
「はは、先越されたな。」
「え?」
彼はそう言って、眉を下げて笑った。
意味がわからなくて、真上にある彼の顔を見上げた。
「迷惑なわけない。嬉しいに決まってんじゃん、好きな子に好きって言われて。」
彼は抱きしめていた手を解いた。
そして、私の手をしっかりと繋いで、目を合わせた。
「俺も好き。」
「……え?」
「だいすき。」
全く予想してなかった言葉が聞こえて、驚いて、目を見開く。
「ほ……ほんと?」
「ほんとだよ。」
そう言って、ころころと笑った。
そんなの、信じられない。
「……いつから、」
「うーん、桂花は知らないと思うよ。」
そう彼は苦笑し、口を開いた。
「大野先生に部活の連絡を聞きに行った時があったんだ。その教室に、桂花がいた。」
遠い過去を見つめている、甘い瞳だった。
「なんて、純粋な笑顔なんだろうって。嘘ばっかりの俺と違って、飾らない笑顔が眩しく見えた。」
鼓動が高鳴った。
彼に見入ってしまう。
「暑い日にホットココア買ったり、可愛いのに自信がなかったり、面倒くさがりなのに真面目だったり。変な子って思って、面白がってた。…でも、気づいたら…目が離せなくなってた。」
心臓がうるさい。
きっと、私の顔は真っ赤だろう。
ほとんど沈んでいる夕日になんて負けないくらい。
何も考えられない。
目の前の彼のことを大好きだということしか。
枯れきった涙が、また、溢れでた。
「あはは、なんで泣くの。」
「……だって、先輩は、楓のことが好きなんじゃないの。」
「…は?え?なんで。」
「楓の話したとき、すっごい優しい顔だった。」
「いや、それは、感謝というか、尊敬というか。か。楓は、憧れみたいな感じだよ。」
「……楓のこと、後夜祭に誘っていたのは?」
彼は少し考えるようにしたあと、「ああ、」と顔を赤らめた。
「あれは、楓に、後夜祭のジンクスについて教えてもらっただけだよ。ほんとは、桂花のこと誘おうと思ってたんだけど、タイミングみすった。」
そう言って、彼は目を逸らした。
眉を寄せてむっとした顔をしていたけれど、耳は真っ赤になっていた。
全部、私の勘違いということ?
「……よかっだぁ。」
今までの不安だったものが波のように押し寄せて、そのまま、涙として流れ出た。
彼は、頬につたった涙を拭った。
「俺が好きなのは、桂花だよ。ずっと、好きだった。今日の格好だって、可愛すぎて、おかしくなりそうだったんだからな。」
そして、私の頬を包み込むように優しく撫でた。
彼のアーモンド型の眼と、今までで1番近い距離であった。
心臓が壊れそうなくらい、速く脈打つ。
先輩に聞こえてしまう。
身体が熱い。
彼は、少し猫背気味にして、私の目線に合わせた。
そして、唇に優しい感覚があった。
優しく、暖かい。
私の世界は、彼だけになった。
瞬間、窓の外から大きな爆発音がした。
私たちは急いで離れた。
それがあまりの慌てようで、2人で吹き出した。
そして、もう一度、爆発音がした。
2人で、カーテンを開けると、目の前で大きな火の花が咲いた。
「……これ、」
「後夜祭のフィナーレの花火だ。」
それは、ちょうど、大会議室の私たちの目の前で破裂した。
「ジンクス、知ってる?」
「『後夜祭の花火を見た2人組は幸せになれる』ですよね。」
「タイミング、良すぎじゃない?」
彼はまた、私を抱き寄せた。
「幸せにする。」
頭上で、大好きなあの声が響いた。
「もう、十分幸せです。」
そう言って、笑うと、 潤んだ瞳から涙が1粒落ちた。
それを見た彼は、大好きなあの笑顔をみせた。
そして、もう一度、キスをした。
今度は、甘くじんわりと温かく、でも、しっかりと。
目の前で、大きな火花が、2人を照らした。
キツい印象を持たせる目と眉を下げ、少し俯きがちにくしゃりと笑う、顔。
自分を救った優しさを、今度は自分がしたいと思う、誠実さ。
そんな、貴方だから、好きになった。
そんな、貴方だから、伝えたいと思った。
私の想いは、千里先にでも届いて行きそうなくらい、薄れそうにない。
【完】
