「うーーーーーっ」
頭が痛い。
その痛みをまぎらわせたくて、学校の机にグリグリとおでこを押しつける。
「そっか。そこまで深刻な事態だったとは……」
前の席の子の椅子に座っている杏奈が顔をしかめる。
「どうしよう。どうしたらいいのーっ」
「まぁでもさ、なずなに今できることは、勉強がんばることなんじゃない?」
「勉強?」
思いがけない単語が出てきて、私は顔を上げる。
「だってほら、しかたないでしょ。もうちょっとがんばって、西高に行けたら、自転車で通えるから定期代もかからないし」
「西高って、佐久良西高校!? ムリだよ~~~~、あそこ、めっちゃ難しいじゃん!」
「塾代も高いしねぇ」
「高校かぁー。制服とか靴とか、いろいろお金かかるんだろうなぁ」
お金、お金……。
頭の中で、お札がパラパラ舞っている。
「あああああ、お金持ちになりたい!!」
思わず叫ぶと。
「ん? 呼んだ?」
登校してきた成瀬が、鞄をとなりの机の上に置く。
「うわっ。出た。今いちばん顔みたくないヤツ」
私はぷいっと横を向く。
「なんだよ失礼な」
そういいながら、成瀬が髪をかき上げると、きゃあっという歓声。
「……あれ? 成瀬ファン、黒板ドン事件でいなくなってたのに、また戻ってきたの?」
見ると、廊下にまたほかのクラス&学年の女子たちが集まって成瀬に熱い視線を送っている。
「いや、あの事件でむしろ増えたらしいよ。『クールでかっこいい♡』って」
「ほえー」
なんか、ほんと好みって人それぞれなんだなぁ。
「「「せーのっ。成瀬くーーん♡」」」
廊下からのラブコールに、
「うるせー、教室帰れ!」
と、成瀬のレスポンス。
で、「きゃあっっ♡」と、大喜びの女子たち。
「……ちょっと、そんな感じ悪くていいの? 仕事に影響するとかなんとかいってなかった?」
「もういい。愛想笑いとかバカみたいな質問とかめんどくさいから、SNSでオレの学校でのことを発信したら、見つけ次第、弁護士に対応してもらうことにした。……で? さっきの話だけど、なにがあった?」
「それは……」
私が口ごもると、杏奈が代わりに説明してくれる。
それを聞きおえた成瀬は、スマホを取りだす。
「なるほど。よし、すぐに用意させよう。いくら必要だ?」
「えっ。いや、ダメでしょ、そんなの」
ってか、教室の中でのスマホ使うのも禁止だし。
「気にするな。いずれ結婚でもすれば、オレの金はなずなの金だ」
「えぇぇ、そうなの♡ どうする、なずな」
「んもう、杏奈ってば! 結婚なんてぜったい無いし、成瀬にお金をもらうなんて、そんなの変でしょ、いらない!」
「そうか? 金がダメなら、オレの会社から大量に注文かけるとか?」
「そういうのも、なんかイヤ!」
「まぁ、なずなの性格ならそういうだろうとは思った。じゃ、もうこうするしかないな」
そういって、成瀬がニヤリと笑う。
「と、いうと?」
杏奈が聞きかえして、私も成瀬の言葉を待つ。
成瀬は私のほうをしっかり見て、言った。
「なずなが新しい看板商品を作るんだよ!」
「へっ。私が!?」
成瀬が大きくうなずく。
「この前、なずなの家に行ったときから思ってたんだ。たしかにあの店の和菓子はおいしい。なずなのお父さんの腕はたしかだ。ただ、とにかく地味すぎる」
「それは……、そうかもしれないけど。でも、それは和菓子の良さでもある。おじいちゃんの代とか、その前の、ずーっと前の和菓子職人さんから受け継いできたものがある」
「その意見もわかる。でも、どんなにおいしくても、食べてもらわなきゃ始まらない。そこで、だ。もっと若者向けとか、ふだん和菓子を食べない人間の興味をひくような、そんな和菓子を考えてアピールするんだ」
「あぁ、いいかも! それで和菓子のおいしさに気づいて、他の伝統的な和菓子も食べてみようってなるかもしれないし、ね」
杏奈が賛成して、私はあわてる。
「え、ムリだよ、私まだ中学生なのに、そんなの……あ」
成瀬とばっちり目が合う。
「そう。オレはやってる。なずなにもきっとできる」
「えーーーーーー」
「いやでも、私と成瀬は違うし……」
「いいじゃん、なずな、やるだけやってみなよ! 私、なずなの考えた和菓子、食べてたい!」
杏奈がキラキラの目でそういってくれる。
私は……、うなずいた。
その日の夜。
よしっ。
私は机にノートを広げる。
そして、新作和菓子のデザインを描こうと、シャーペンを手に取る。
これまでに書きためていたアイディアノートも見たんだけど、現実的にお店の商品として出せそうな和菓子は1つもなくて。だから、新しくて若い人に人気が出そうでありつつ、じっさいに商品化ができそうな和菓子を1から考えることにしたんだけど。
「だめだ、難しすぎる……げ。もう一時間も経ってる!?」
時計を見て、私は頭を抱える。
ノートには、なんの役にも立たなそうな落書きばかり。
最後のほうなんて、推しキャラの絵しか描いてないし!
もー、私ってほんとダメなヤツ。
一息つこうと、カーテンを開けて窓の外を見る。
夜空の下に、ひときわ高い建物。
(あの一番高いところに成瀬がいるんだなぁ)
すごいお家だったなー。広くてきれいで。
お茶とお菓子もすっごくおいしかった。
それに、あのアフタヌーンティーセットを前にしたときの杏奈の顔。
「お姫様のお茶会みたい」なんていって、すごくうれしそうで、きゅんとときめいた顔してた。
あんなの、和菓子でもできるかな?
女の子が、思わずあんな顔になっちゃうような和菓子。
(むずかしっ)
そろそろ気分転換を終わりにして、現実に戻らなきゃ……。
そう考えたら、逃げだしたいような気持ちになっちゃう。
仕事って、ほんと大変なんだろうなぁ。
もう一度、成瀬のマンションの一番上の明かりを眺める。
あのどこかで、今ごろ成瀬もお仕事がんばってるのかな。
そう思ったら、なんだか少しがんばれる気がして。
(よし、やるぞぉー!)
気合いを入れたしゅんかん、階段の下からおばあちゃんの声。
「なずなーっ! 電話だよー! 成瀬君から!」
「えっ」
私はあわてて階段をおりて、にこにこ顔のおばあちゃんから受話器を受けとる。
「……もしもし?」
「あぁ、なずな」
初めて聞く、いつもより少しくぐもった成瀬の声。なんだか新鮮。
だけど、そのあとに続いた言葉は、やっぱりいつもの成瀬で。
「今、なずなのおばあちゃんには許可をもらったんだけど。明日はデートだ。朝八時に迎えに行くから、準備よろしく」
はい? どゆこと!?
頭が痛い。
その痛みをまぎらわせたくて、学校の机にグリグリとおでこを押しつける。
「そっか。そこまで深刻な事態だったとは……」
前の席の子の椅子に座っている杏奈が顔をしかめる。
「どうしよう。どうしたらいいのーっ」
「まぁでもさ、なずなに今できることは、勉強がんばることなんじゃない?」
「勉強?」
思いがけない単語が出てきて、私は顔を上げる。
「だってほら、しかたないでしょ。もうちょっとがんばって、西高に行けたら、自転車で通えるから定期代もかからないし」
「西高って、佐久良西高校!? ムリだよ~~~~、あそこ、めっちゃ難しいじゃん!」
「塾代も高いしねぇ」
「高校かぁー。制服とか靴とか、いろいろお金かかるんだろうなぁ」
お金、お金……。
頭の中で、お札がパラパラ舞っている。
「あああああ、お金持ちになりたい!!」
思わず叫ぶと。
「ん? 呼んだ?」
登校してきた成瀬が、鞄をとなりの机の上に置く。
「うわっ。出た。今いちばん顔みたくないヤツ」
私はぷいっと横を向く。
「なんだよ失礼な」
そういいながら、成瀬が髪をかき上げると、きゃあっという歓声。
「……あれ? 成瀬ファン、黒板ドン事件でいなくなってたのに、また戻ってきたの?」
見ると、廊下にまたほかのクラス&学年の女子たちが集まって成瀬に熱い視線を送っている。
「いや、あの事件でむしろ増えたらしいよ。『クールでかっこいい♡』って」
「ほえー」
なんか、ほんと好みって人それぞれなんだなぁ。
「「「せーのっ。成瀬くーーん♡」」」
廊下からのラブコールに、
「うるせー、教室帰れ!」
と、成瀬のレスポンス。
で、「きゃあっっ♡」と、大喜びの女子たち。
「……ちょっと、そんな感じ悪くていいの? 仕事に影響するとかなんとかいってなかった?」
「もういい。愛想笑いとかバカみたいな質問とかめんどくさいから、SNSでオレの学校でのことを発信したら、見つけ次第、弁護士に対応してもらうことにした。……で? さっきの話だけど、なにがあった?」
「それは……」
私が口ごもると、杏奈が代わりに説明してくれる。
それを聞きおえた成瀬は、スマホを取りだす。
「なるほど。よし、すぐに用意させよう。いくら必要だ?」
「えっ。いや、ダメでしょ、そんなの」
ってか、教室の中でのスマホ使うのも禁止だし。
「気にするな。いずれ結婚でもすれば、オレの金はなずなの金だ」
「えぇぇ、そうなの♡ どうする、なずな」
「んもう、杏奈ってば! 結婚なんてぜったい無いし、成瀬にお金をもらうなんて、そんなの変でしょ、いらない!」
「そうか? 金がダメなら、オレの会社から大量に注文かけるとか?」
「そういうのも、なんかイヤ!」
「まぁ、なずなの性格ならそういうだろうとは思った。じゃ、もうこうするしかないな」
そういって、成瀬がニヤリと笑う。
「と、いうと?」
杏奈が聞きかえして、私も成瀬の言葉を待つ。
成瀬は私のほうをしっかり見て、言った。
「なずなが新しい看板商品を作るんだよ!」
「へっ。私が!?」
成瀬が大きくうなずく。
「この前、なずなの家に行ったときから思ってたんだ。たしかにあの店の和菓子はおいしい。なずなのお父さんの腕はたしかだ。ただ、とにかく地味すぎる」
「それは……、そうかもしれないけど。でも、それは和菓子の良さでもある。おじいちゃんの代とか、その前の、ずーっと前の和菓子職人さんから受け継いできたものがある」
「その意見もわかる。でも、どんなにおいしくても、食べてもらわなきゃ始まらない。そこで、だ。もっと若者向けとか、ふだん和菓子を食べない人間の興味をひくような、そんな和菓子を考えてアピールするんだ」
「あぁ、いいかも! それで和菓子のおいしさに気づいて、他の伝統的な和菓子も食べてみようってなるかもしれないし、ね」
杏奈が賛成して、私はあわてる。
「え、ムリだよ、私まだ中学生なのに、そんなの……あ」
成瀬とばっちり目が合う。
「そう。オレはやってる。なずなにもきっとできる」
「えーーーーーー」
「いやでも、私と成瀬は違うし……」
「いいじゃん、なずな、やるだけやってみなよ! 私、なずなの考えた和菓子、食べてたい!」
杏奈がキラキラの目でそういってくれる。
私は……、うなずいた。
その日の夜。
よしっ。
私は机にノートを広げる。
そして、新作和菓子のデザインを描こうと、シャーペンを手に取る。
これまでに書きためていたアイディアノートも見たんだけど、現実的にお店の商品として出せそうな和菓子は1つもなくて。だから、新しくて若い人に人気が出そうでありつつ、じっさいに商品化ができそうな和菓子を1から考えることにしたんだけど。
「だめだ、難しすぎる……げ。もう一時間も経ってる!?」
時計を見て、私は頭を抱える。
ノートには、なんの役にも立たなそうな落書きばかり。
最後のほうなんて、推しキャラの絵しか描いてないし!
もー、私ってほんとダメなヤツ。
一息つこうと、カーテンを開けて窓の外を見る。
夜空の下に、ひときわ高い建物。
(あの一番高いところに成瀬がいるんだなぁ)
すごいお家だったなー。広くてきれいで。
お茶とお菓子もすっごくおいしかった。
それに、あのアフタヌーンティーセットを前にしたときの杏奈の顔。
「お姫様のお茶会みたい」なんていって、すごくうれしそうで、きゅんとときめいた顔してた。
あんなの、和菓子でもできるかな?
女の子が、思わずあんな顔になっちゃうような和菓子。
(むずかしっ)
そろそろ気分転換を終わりにして、現実に戻らなきゃ……。
そう考えたら、逃げだしたいような気持ちになっちゃう。
仕事って、ほんと大変なんだろうなぁ。
もう一度、成瀬のマンションの一番上の明かりを眺める。
あのどこかで、今ごろ成瀬もお仕事がんばってるのかな。
そう思ったら、なんだか少しがんばれる気がして。
(よし、やるぞぉー!)
気合いを入れたしゅんかん、階段の下からおばあちゃんの声。
「なずなーっ! 電話だよー! 成瀬君から!」
「えっ」
私はあわてて階段をおりて、にこにこ顔のおばあちゃんから受話器を受けとる。
「……もしもし?」
「あぁ、なずな」
初めて聞く、いつもより少しくぐもった成瀬の声。なんだか新鮮。
だけど、そのあとに続いた言葉は、やっぱりいつもの成瀬で。
「今、なずなのおばあちゃんには許可をもらったんだけど。明日はデートだ。朝八時に迎えに行くから、準備よろしく」
はい? どゆこと!?

