成瀬の住むタワーマンションの明かりが、いつもよりずっと高く遠く感じる。
違う世界みたいに。
どうしてこんなに悲しいんだろう。
(ダメだ、集中! 今は、和菓子のことしか考えない!)
カーテンをサーッとひく。
写真を見るのはやめて、頭の中に京都で見た和菓子たちを思いうかべる。
きれいな色。
それから、杏奈の笑顔。
お姫様のお茶会……。
京都。
ダメだ、やっぱり、成瀬の顔が浮かんでしまう。
机のはしっこに、大切に飾ってある金平糖のイヤリングを見て、チクりと胸が痛む。
デート。キラキラの思い出。カップル。お姫様のお茶会……。
「あっ」
私はペンを手にとって、夢中で走らせる。
「こうして、こうして……、中身はカスタード餡にして……、よし、できた!」
私は、書いたばかりのアイディア帳を持って、階段を駆けおりる。
「お父さん! これ、作ってほしいんだけど」
今でくつろいでいるお父さんにノートを突きつける。
「お、どうした。友達の誕生日か?」
ちょっとお酒が入って、ぼんやりしているお父さんがそういって、私は首を横に振る。
「違う!! こういうの、お店で売ったらどうかと思って」
「これを売る? いや、それはちょっとさすがに……」
お父さんがじっと私のノートを見る。
やっと「これだ!」と思えた新作和菓子のアイディア。
名づけて、『初恋まんじゅう』。
白雪姫と人魚姫とシンデレラのお姫様の顔のまんじゅうと、お姫様の相手の王子様たちのまんじゅう。
で、ほっぺたの部分にピンク色の模様をつけて、お姫様と王子様のお饅頭を並べると、ハートの形が現れる。
こんなに繊細な模様のおまんじゅうを作ろうと思ったら、熟練の技が必要だと思うけど、ウチのお父さんならぜったいできる!
お父さんは私のアイディアノートから顔をあげて、困った顔で私を見る。
「なずな。なずなの気持ちはうれしい。でも、もうムリなんだ。店を続けることは」
「どうして? やってみないとわからないじゃん!」
「もう、諦めよう。そのほうがいい」
「……そんなんだから、ダメなんじゃない?」
そう口にして、「しまった」と思うのに、口が止まらない。
「やる前から諦めてたら、そりゃなんにもできないよ! お父さん、かっこ悪い。 そんなんだから、お店もつぶしちゃうんだよっ」
「なずなっ、あんた、なんてこと! お父さんに謝んなっ」
いつの間にか現れたおばあちゃんが怒って。
「やだ! 謝らないっ」
私は、2人に背を向けて、階段をかけあがった。


