「貴美子。今日は駅まで外出して、絵画展を見に行くのよね。」
「うん」
「大丈夫?」
「うん」
貴美子は、前向きだと思う。それでも、あまりにもかわいそう。



生きていれば。
生きていさえすれば。
神様 仏様 御先祖様
私の命に変えても
どんな形でも
貴美子を生かして下さい

「先生、小林さんの意識が回復したそうです。」
「そう? やったね。」
「塩原先生、小林さんの措置、どうします?」
「相変わらず、あと点滴ね、栄養増やして」
「はい」
「立てるかな…」
「はい?」
「こうなったら時間勝負ね、褥瘡確認してね。大丈夫そうだったら、どんどん立たせちゃって」
「歩行訓練、ですか?」
「ああ、年寄りも一緒。寝たきりは、一日でも短い方がいいの」
「分かりました」

「最悪、何もなっていなかったら、どんどん外、出しちゃっていいから」
「小林さん、多少譫妄(せんもう)の様相がありましたけど?」
「関係ない関係ない。体が先」
「はい、分かりました」

意識が回復した貴美子は、大人しかった。


深夜。三日目

「大丈夫だから」
「えっ?」
「僕は、大丈夫だから」
「眠っているの? 夢を見ているの? 貴美子、確かに今何か言ったわ。一体何が大丈夫なの!?」

それから間も無く、貴美子の意識は回復した。

「何だか遠くに聞こえる。
あと余り早く動か無いで、ええっと目がちらちらする」
「貴美子…」
「お腹空いた」
「お、お腹!?」
「うん」
「でもお昼の給食まで大分時間あるわよ。どうする?」
「何でもいいや。消灯台の上のバナナ取って」
「ああ昨日のね。」

それから数日だ
今日は、院外散歩の一環で、駅前のデパートの西洋画の企画展を、見に行く許可を取って有る
「小林さん。無理せずにね。具合が悪くなったら帰って来ても大丈夫なのよ」
「チャレンジ、チャレンジ」
周りの看護婦さんたちが口々にそんな事を言っている
「では、行ってきますので」
付き添いの母親が、挨拶をした
バス停に出た
風が、通り抜けた
「もうすぐ退院出来るかもね。」
「そうね。」


そしてまた数日後

小林さん、明日退院だそうですね。


長い長い
人生のおまけは、こうして始まった

人は逆境に立ち向かうと
何もかも強かになるのかも知れない

人は食べる時
人は料理をする時
誰かを思いやる

きっと

天使だって