あの日の第二ボタン

「山本先輩、お久しぶりです!」

悠依はゲッとした。

「……い、石原くん……なんで、ここにいるの……?」

拓真は苦笑いをしながら答えた。

「第一志望の高校落ちちゃったんすよ……でも、また会えるなんて、運命っすね!」

悠依は大きくため息をついた。

「山本さん、その子と知り合いなの?じゃあ、面倒見てやってね。」

顧問が悠依に告げた。

「いや、その……」

悠依は渋い顔をするが、捨てられた子犬のような表情の拓真を見て断りきれなかった。
心なしか、悠依の目には拓真のことが少し可愛く見えていた。

ペア練習で、悠依は拓真のフルートの音を聞いていた。
中学校の時よりも明らかに音がクリアになっていた。

「音が綺麗になってるね。」

悠依が呟くと拓真は目を光らせた。

「先輩を目標にしてめっちゃ頑張ったんすよ!師匠である先輩に褒められるなんて、この上ない幸せです!」

悠依は「何言ってんの!」とツッコミながらも満更でもない様子だった。


悠依はオープンキャンパスに参加するために初めての東京に訪れていた。
地下鉄の駅から出ると林立する高層ビルを見上げる。
夏の陽射しをビルが反射させて眩しかった。

「わぁ、すごい……東京だ……」

街ゆく人は足早に人を掻き分けせかせかと歩いていた。

悠依は大学の正門をくぐった。
メインストリートでは部活やサークルがさまざまな出し物をしていた。
悠依はパンフレットを手にし、流れにそって大学構内を探索していた。

悠依の隣では同い年であろう女子高生が友達と話していた。
そして、前には「運営」という腕章をつけた男子学生二人が歩いていた。

「やば、あの子めっちゃ可愛いじゃん。ナンパとかダメなんかな?」

「やめとけよ、この前だってナンパして付き合った子に浮気されてたじゃん。」

「おい、それ言うなよ。てか、ヒロポタモスは彼女とか作んないの?」

「んー、俺はそういうの別に……興味ないからな……」

悠依は盗み聞きしようとは思っていなかったが、リアルな大学生の会話に耳を傾けた。

「……ヒロポタモスって、変なあだ名……カバって言ってるようなもんじゃん……」

悠依は思わず思わず笑ってしまいそうになる。
しかし、そのあだ名がゆいの心のどこかに引っかかっていた。

オープンキャンパスは思いの外あっけなく終わってしまった。
悠依は帰りの電車に揺られていた。

「……下智大学……すごいキラキラしてたな……私もあんなところでキラキラした大学生活送ってみたい!」

夢ができた。
下智大学に行きたいという思いがどんどん強くなっていった。
電車の窓から見える空が、少しずつ夜へと変わっていく。
オレンジ色の夕焼けが、未来の希望を静かに照らしていた。