あの日の第二ボタン

ドンッ

低く鈍い音が長川高校のグラウンド中に響く。
優人はノックを受けているときに、ファールフライをキャッチしようとしてベンチの壁に激突した。

「大丈夫か?宮田!」

顧問の緊迫した声がこだまする。
優人の周りには部員たちが心配そうに駆け寄る。

意識が朦朧とする優人はすぐさま救急車で病院に運ばれた。
騒然とするグラウンドは見物人で溢れかえる。

検査を終えた優人は診察を受けていた。
担当医はいかにもベテランという雰囲気を醸し出して、椅子に深く腰掛けていた。

「脳には特に異常はない。まぁ、軽い脳震とうですな。大事をとって二週間は安静にしといてくださいや。」

医者はCTやMRIの結果を眺めながら言った。優人は唖然とした。

「じゃあ、先輩の最後の大会は出場できないってことですか?」

医者は微笑みながら優人の肩を叩いた。

「君はまだ二年生なんだ。また来年あるんもんで、そんなに心配する必要ないやさ。」

三年生の最後の大会ではベンチ入りができそうだと思っていただけに、優人は悔しくて堪らなかった。
蝉のジリジリという鳴き声が次第に大きくなっていった。


 八月上旬。雲ひとつない快晴の日だった。

悠依は、期待と不安を胸に長川高校の門をくぐった。
今日は高校一日体験。県内の優秀な中学生たちが集まり、それぞれの志望コースに分かれて模擬授業や部活見学を行う。

「……ここに、先輩が通ってるんだ……」

校舎を見上げるだけで、胸がぎゅっと締めつけられる。
あの日からずっと、会いたくて開いたくてたまらず震えていた。

吹奏楽部の見学を終えた後、校庭の方をそっと覗き込む。
白いユニフォームの選手たちが声を張り上げて練習に励んでいる。

悠依はその光景に目を奪われた。

「……あ、野球部……」

思わず柵の外からグラウンドを覗き込む。
けれど……

「……いない……?」

どこを見ても、あの背中が見つからない。
何度も目をこらすが、どれだけ探しても、優人の姿はどこにもなかった。

「……どうしたんだろう……」

胸の奥がざわつく。
夏の陽射しがじりじりと背中を焼いていたが、それ以上に、心が妙に寒かった。