あの日の第二ボタン

フルル〜

フルートの音が音楽室に響き渡る。

「山本先輩、音が綺麗っすね。どぉやったら、そんなに綺麗な音出せるんすか?」

後輩の石原拓真(いしはらたくま)が感心していた。

「雑念を捨てるの。余計なこと考えてるとそれが音に出るんだよ。」

悠依はぶっきらぼうに吐き捨てた。
拓真は「何それ……?」と言いたげにポカンと口を開いていた。

「山本さん!ちょっときて!」

顧問の先生が悠依を呼ぶ。

悠依は「はい……」と返事をしながら思い当たる節を探していた。
(私、何か、悪いことしたっけ……?)

悠依は顧問の後をついていき、音楽室を出て廊下で立ち止まる。
悠依は緊張で心臓が飛び出そうになった。

「フルートのパートリーダーを、山本さんに任せたいの……本当なら三年生がリーダーになるんだけど、フルートの三年はちょっとね……」

顧問の視線が音楽室の方へ向き、悠依も音楽室を覗き込む。

指揮者台の左前、フルートパートの生徒たちが音出しをしている。
このパートには三年生が三人いたのだが、一人は部員と揉めて退部してしまった。
残った生徒のうち一人は中学校から楽器を始めた初心者で、音がうまく出ずに険しい顔で頭を掻いていた。
もう一人はホルンのパートにいる友達の元で無駄話をしていた。

悠依は苦笑いするしかなかった。

「はぁ……」

顧問は呆れた様子でため息をつき、悠依の方へ向き直った。

「あなたしかいないの。演奏技術はピカイチだし、人間関係も円滑に進められる。だから、お願い!パートリーダー任されてくれない?」

「わ、かりました……」

悠依は顧問の依頼に断るに断れず、渋々了解した。

パートリーダーとしての部活を終えた悠依は意外にも清々しく感じていた。
何より、自分自身が雑念を捨てることができた。