あの日の第二ボタン

「悠依?どうしたの?大丈夫?」

七海が悠依の席の前にしゃがみ込んで優しく声をかける。

「……」

悠依は言葉を探すが、やっと収まった涙が再び溢れ出しそうになり、何も言えなかった。

「もしかして、宮田先輩……?」

「なんで……?」

七海の言葉に悠依は驚き、顔を上げる。
七海は全部わかっていたように、優しく微笑んでいた。

悠依は震える声でようやく言葉を紡ぐ。

「私……先輩の第二ボタン……もらおうと思ってた……でも……もう……取られてた……」

 
そう言いながら、悠依の頬を涙が伝う。

七海は悠依の手を握る。

「それ、優人先輩の気持ちとは関係ないと思うよ。」

「……」

悠依の瞳からは涙が溢れ出して止まらない。

「だって、優人先輩、悠依のこと気にしてたもん。」

悠依は首を横に振る。

「……そんなの……私の思い込みだったんだよ……私、バカみたい……」

七海は悠依の頭を軽く撫でて、優しく励ます。

「バカなんかじゃ、ないよ。好きだったんでしょ?」

溢れる悠依の気持ちは止まらなかった。


優人は一人で校門を出る。
冷たい風が頬をかすめ、空はどこまでも晴れ渡っていた。
手の中には卒業証書と、ボタンのなくなった制服があった。

「なんか、思ったよりあっけなかったな……」

優人はボソッと呟く。
期待していたわけではない。
でも、ほんの少しだけ、心のどこかで「もしかしたら」と思っていた。

優人はふと後ろを振り返る。
もう二度と戻ることのない校舎が、夕陽に染まっていた。


悠依は夕暮れの通学路を一人で歩いていた。
通い慣れた道だがいつもと違って見えた。

「……先輩は、今どこにいるんだろう……」

胸の奥がギュッと締め付けられる。

「もう、会えないのかな……」

冷たい風が吹き抜ける。
桜の花びらが舞い上がり、空へと消えていった。


校庭で遊んでいる生徒の姿はまばらだった。
悠依は本当に三年生が卒業してしまったのだとつくづく感じた。
一昨日まで降り続いた長雨で地面は湿っていた。

「あ、そういや宮田、長川高校に受かってたらしいぞ。」

「あぁ、そうなんですね……」

嬉しそうに報告する柴橋に対して、悠依はボソッと返す。
でも、内心は少しだけ嬉しかった。
(もう私には、関係ないや……)
悠依は忘れようとして足元に転がってきたボールを思いっきり投げ返した。