あの日の第二ボタン

カノンの曲とともに卒業生が紅白幕で囲まれた体育館に入場する。
石油ストーブが大きな音をたて、卒業生たちが涙を堪えて鼻をすするのをかき消す。
あれほど練習をした卒業式もあっけなく終わってしまった。

優人は教室で別れを惜しんでいると、他のクラスから冷やかすようなヒューッという声が響く。
卒業式恒例の行事だった。
優人は「やってるよ……」と苦笑しつつも、心のどこかでいきなりの告白を期待していた。

卒業生たちは次々と学校を後にしていった。
優人はそろそろ引き際かと悟り下校しようとすると誰かに腕を掴まれた。
優人は「もしかして」と顔を上げると咲がいた。

「第二ボタン、ちょうだい!どうせもらってくれる人がいないんだから私が預かってあげるよ。」

咲はいたずらに笑みをこぼす。

優人は渋々第二ボタンを制服から引きちぎり、咲の手に渡す。
前日の夜に夜な夜なボタンの糸を緩めた自分を恥ずかしく思った。

「やったぁ。これで七人目!なんか願い叶うかな?」

咲は嬉しそうに話す。

「いや、むしろバチが当たるだろ。」

優人は鼻で笑いながら冗談を言う。
廊下ではバタバタと誰かが駆け足で走り去る音がした。
「じゃあな、元気でな。」と咲の肩を叩き、優人は学校を後にする。


「今日を逃したら一生後悔する。」

悠依は意気込んで三年生の教室へ向かう。
転びそうになりながら階段を駆け降りた。
悠依は教室のドアの陰で息を整える。

意を決し、教室に入ろうとすると優人と咲が話しているのが見え咄嗟に身を隠す。
悠依がドアから覗くと優人の制服の第二ボタンがなくなっていて、咲は手にボタンを握っていた。
二人は笑顔で話している。
悠依は絶望した。

(やっぱり、優人先輩の気持ちは、咲先輩の方にあったんだ……)

胸の奥がギュッと締め付けられる。
視界が滲んでいき、悠依は居ても立っても居られなくなった。
廊下を猛ダッシュで逃げ出した。
校舎の陰で膝を抱えて座り込む。
涙が止まらなかった。
こんなにも悲しいのに、頭に浮かぶ記憶は何もかもが楽しい記憶だった。


ボールが上手に蹴れずに恥ずかしがる優人。
ダメダメだった過去を語る優人。
運動会準備でラインが真っ直ぐ引けない優人。
雪が綺麗と笑い合った優人。


敷地の外をトラックが通過する。
ずっと誰かに見られている気がして、重い足取りでなんとか自分の教室に戻る。

悠依の教室ではクラスメイトたちが賑やかに話している。
悠依は窓際一番後ろの自分の席に座り俯く。
制服の袖はびしょびしょに濡れていた。