あの日の第二ボタン

悠依は全速力で体育倉庫に到着する。

(今日に限って、いたりして。)
しかし、そこに優人の姿はなかった。

(来るはずはいよね……なんで私、期待しちゃってんだろう……)
悠依は当番に行く度に優人がいるのではないかと期待してしまう自分が嫌になった。
体育倉庫がいつもより校舎から遠く感じた。


給食の時間の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響く。
優人はため息をつき、机の上に並べられた参考書を睨みつける。

優人はふと校庭を見下ろす。
遠くの体育倉庫の前に悠依の姿があった。
(今日だけは、悠依さんと話せたら、少しは気が楽なのに……)
優人は校庭に向かおうと机の上の参考書を引き出しにしまい込む。

ファイルの中に入った模試の結果が目につく。

「……努力圏……こんなことしてる場合じゃない。」

ふっと目を逸らし、カーテンを閉めた。
そして、机に座り直し、再び参考書を開いた。


(結局、優人先輩、三学期は一回も当番に来なかったなぁ……)

悠依は三年生の教室で卒業式に向けた装飾をしていた。
花の胸飾りを箱から取り出し机に並べていく。

(いまいさき……咲先輩だ……)
悠依は学園祭の演劇のことを思い出した。
今でも胸がモヤモヤする。
(結局、咲先輩と結ばれちゃったのかな……)
自分の気持ちを伝えられなかったことが悔しかった。

悠依は周りに誰もいないことを確認してから咲の机を軽く殴った。
思っていたよりも痛かった。
ジンジンする拳をさすりながらため息をつく。

(優人先輩……)

机の端には、マジックで書かれた「宮田優人」の名前。
悠依は椅子を引き優人の席に腰掛ける。
三年生最後の登校日から一週間も経っているのに椅子からは優人の温かみを感じる。

教室の窓から体育倉庫が見える。
当番の度に話していた優人の笑顔が頭に浮かんだ。
校庭では春風が吹き砂埃を立てる。
次第に視界が霞んでいった。


校庭では桜の木が蕾を一つ、また一つと開き始めていた。
優人は久しぶりの学校に懐かしさと寂しさを感じていた。
昇降口の前で立ち止まると春風に背中を押された。

ポツポツと登校する卒業生の背中が悲しそうに見えた。

優人は机の上に置かれた胸飾りを制服に付け、卒業アルバムを開いた。

「へぇ、優人も思い出にふけることあるんだ。」

クラスメイトが後ろから声をかける。

「ちげぇよ。別にそんなんじゃないし。」

優人は恥ずかしくなって卒業アルバムをパタンと閉じる。

「それよりさぁ、この前の入試ひどくないか?傾向がガラッ変わっちまってよ。俺ぜってぇ落ちたわ。残念無念また来年って感じだわ〜」

他のクラスメイトが混じってくる。
優人は「そうだな。」と笑い合いながらも、これが最後なのかと感慨深くなる。
優人の頬を熱い雫が伝う。