君のために紡ぐ夢物語

 どれくらいそうしていたか分からない。膝を抱えてずっと泣いていた私の耳に、人の話し声が聞こえて来た。


「焔はいねぇのか?」
「今は出かけている。というか、そんな風に焔様を呼ぶとは生意気すぎ。」
「うるせぇな、ケチケチすんなよ。」


 声の主は蔵の前で立ち止まった。この声…。片方はさっきの黒鬼で間違いない。話し相手は焔様とやらかと思ったけれど、会話内容からしてどうやら違うらしい。そう考えを巡らせていたその時、大きな音を立てて蔵の扉が開いた。


「ここで待ってろ。」
「俺客人だぞ? 扱い酷くねぇか?」
「屋根と壁があるだけ感謝しろ。」


 月明かりに照らされて、扉を開けた人物の影が浮かび上がる。片方は間違いなくさっきの黒鬼だ。もう一人は…。


「………バン…?」


 私が声を発すると、バンは私が蔵の中にいることを知らなかったようで、私を見つけると目をこれでもかと見開いた。


「メグ…!?」


 動揺するバンを押し込むと、黒鬼は蔵の扉を閉めた。


「おい待て! 聞いてないぞ!」


 扉を叩くバンを無視し、黒鬼は鼻歌混じりでどこかへ行ってしまった。


「……。」
「……。」


 妙な沈黙が流れた。ずっと会いたくて追いかけては来たが、こんな風に会えるとは思わなかった。バンの方も完全に想定外だったようで、扉に両手をついたまま俯いていた。やがて諦めたようにこちらを振り返ると、その瞳に私を捉えた。


「……泣いてたのか…?」


 私はバンの言葉でハッと我に返るとゴシゴシと涙を拭った。バンに再会できた驚きからか、涙はいつの間にか止まっていた。


「バカ、そんなに擦るな。」


 いつの間にかこちらに歩み寄って来ていたバンは、私の手首を掴んでその手を止めた。顔を上げると目の前にバンの顔があった。


「バ、ン…。」


 名前をポツリと呟くとまた涙が溢れてきてしまった。


「ったく、何泣いてんだ。」
「だってっ、鬼…っ。」


 言葉も途切れ途切れに言うと、バンは一瞬キョトンとした後優しく苦笑した。


「食われねぇよ。」
「本当…?」
「あぁ。焔は人を喰う鬼じゃねぇ。俺の知り合いだ。安心しろ。」


 そう言って頭を撫でられて、少し安心した。唯一の窓から差し込む月明かりが優しく私たちを照らし出した。


「お前、本当に…俺を追いかけてこんな所まで来ちまったのか…?」


 そう言ったバンの表情からは何も読み取れなかった。ただその言葉には、来ないで欲しかった、そんな願望が込められているように感じられた。


「もう、待ってるだけは止めようと思ったの。だって10年間も…もう、十分待ったもん…。」


 私の言葉を聞くと、バンは顔をそらして溜め息を吐いた。それ以上何も言わず、私たちはただ沈黙を守っていた。いつの間にかかなり冷え込んできた。私はいつの間にか震えていた。ふと、肩に布がかけられて懐かしい匂いがした。


「バン…?」
「今だけだ。」


 そう言って、バンは着ていた外套の中にスッポリと私を包み込んでそのまま私の肩を抱いた。何が起きているのか理解した瞬間、心臓がこれでもかと高鳴って顔に熱が集まった。けれど同時に、とんでもなく安心した。私はそっと目を閉じた。懐かしい、子供の頃のようだ。私は泣き疲れていたせいもあってか、その温もりに包まれてそのまま眠りに落ちていった。