求愛過多な王子と睡眠不足な眠り姫

「わたしは二度寝をしますので、部長がこちらを飲んで下さい。休日返上ですか? 大変ですね! お疲れ様です〜」
「そんな意地悪言われると傷付くよ」

 液体越しに見上げたところ、ふいに褪せた記憶が蘇りそうになり首を振る。やめて、その顔はズルいじゃないか。
 皮肉の追撃がなさそうと判断した部長は、スイカを8等分した笑顔を文字通りグラスへ浮かべた。

「川口から相談を受けてる。君、彼女を困らせてるそうじゃないか?」
「……そんなに大事ですか?」
「ん?」
「笑顔、です。わたしは部長達みたいに笑えません。使いものにならないのであれば元の部署へ戻して下さい」
「嫌だね」

 即答。部長はドリンクを受け取り、ソファーへ腰掛ける。

「茨をうちに引き抜くの、すっごく大変だったんだ」

 すっごくのイントネーションが悪戯に弾み、大変だったのは元上司であるのが察せられた。

「どこの部署も人員不足ですし」
「それは違う、君が優秀だから。茨さんは辞退しなければ役職を任されているはずだよ?」
「……そういうの、興味ないです」
「ふーん、恋愛も?」
「え?」

 脈略のない質問にうっかり返事をしてしまう。すぐ取り繕うとしたが、部長はさらに疑問を挟む。

「今も出世や恋愛もしないで眠っていたいの?」

 肩を竦め、それからエナジードリンクを一気に煽る。ごくごく流し込む音が拾えるくらい静かな空間、凪いでいる胸の内。

「僕も君も34、だ。このまま狸寝入りしても居られないだろ?」

 口元を拭う元恋人はわたしを見なかった。