求愛過多な王子と睡眠不足な眠り姫

「こんばんは。人の悪口で随分盛り上がっているみたいだなぁ?」

 壁へ寄りかかり腕を組む。
 さてお色直しをしたお姫様からどんな悪態が聞けるのやら、耳を澄ます。

「……恭吾」
「は?」

 もうずっと聞いてなかった呼び方をされ、毒気を抜かれる。相変わらずアルコール耐性が低い彼女は頬が赤く染まり、今にも眠ってしまいそうな蕩けた表情で言う。

「恭吾」
「君はお酒が弱いはずなのに、こんな無茶な飲み方をするとは。らしくないぞ」
「ごめん、恭吾」

 言い訳せず、素直に謝ってくる。いつもの刺々しさがないどころか、名前を連呼されて調子が狂う。

「殊勝な態度だが悪口はちゃんと聞こえたからな? 悪かったね、スパダリじゃなくて。玉の輿と言っても祖父から築いた地位を継ぐだけで、僕の財力じゃない。君の言う通りさ」

 川口を横目に茨の前へしゃがむ。この潤んだ顔で再度謝られたら何でも許せる気持ち、ここから攫って自分だけしか映らない場所へ閉じ込めたい気持ちがせめぎ合い、後者に天秤が傾く気配がする。
 だからグッと飲み込み、上司の仮面を貼り付けた。

「恭吾、怒らないの?」
「はぁ、酔っ払いに怒っても仕方ないだろ? ほら川口は起きなさい」

 川口を揺り起こす。部署ナンバーワンの酒豪がこの程度で参るはずない。狸寝入りして茨との関係を探る魂胆だろう。
 証拠にセクハラにならぬよう触れた指先から反応が伝わってくる。