〇体育館 ダンスの授業

 ダンス練習用の服装 (ジャージではなく、黒のシンプルなダンス練習着)に着替えて集まっている桃音達。

 体育担当の教師
「1年生は授業で習ったダンスを初めて披露する場が、夏季休暇に入る前に学園で開催される夜会 (パーティー)になります。そろそろ基本的なステップは覚えられたと思うので、本日は上級生とペアを組んで練習する特別授業です」

 教師からの説明に、わっと盛り上がる。

 クラスメイト モブ女①
「えー! 先輩とペアを組むって何か緊張しちゃうかも……!」

 クラスメイト モブ女②
「上級生って2年生かしら? それとも3年生? 生徒会長様のいるクラスだったらどうしましょう……!」

 教師
「はい、皆さん静かに! 入ってきてもらえますか?」

 体育館の入り口からぞろぞろとやって来る上級生。それは3年生で、しかも莉玖のクラスだった。オシャレで綺麗な女の先輩達が莉玖の周りにいるのを目撃する桃音。今の自分の姿とどうしても比べてしまう。

 桃音
(やっぱり先輩って、大人っぽくて綺麗だなぁ……)

 莉玖
「先生。頼まれていたペア編成については、体格差などを加味して組ませていただきました。3年には事前に自分の番号の紙だけ渡してあります」

 莉玖が教師へ紙を渡す。

 教師
「ありがとう。1クラス分とはいえ大変だったでしょう? もう1年の事もきちんと把握できているなんて、さすが高遠君ね」
「では、今から名前を言っていきますので、1年は自分の呼ばれた番号と同じ番号札を持っている3年の元に行くように」

 教師がペアを読み上げていく。
 どんどん呼ばれていく中で、中々呼ばれない桃音。

 桃音
(もうほとんどペアが出来ちゃってるけど……私のペアって一体……?)

 だんだんとざわつく体育館内。
 3年で残っている人の中に未だ莉玖の姿があったので、莉玖が誰とペアを組むのか注目されていた。

 桃音がそろりと莉玖へ目線を向けると、怪しげな笑顔が返ってくる。

 桃音
(な、何か嫌な予感……!)

 教師
「――最後に、35番・柊さん」

 桃音
「はい……」

 桃音の予感は的中し、ペアは莉玖だった。せめてこれ以上目立たないようにと、うつむきがちに莉玖の元へ向かう桃音。
 移動している間にもひそひそ声は聞こえてくる。

 3年 モブ男①
「なぁなぁ。ペアの作成したのって生徒会長なんだろ? 選べる立場なのに、なんで地味そうな子とペアを組んだんだ……?」

 3年 モブ男②
「会長って優しいから、自分は二の次にしたんじゃないか?」

 莉玖の前に立ち、おずおずと見上げる桃音。莉玖はにっこりと微笑む。

 莉玖
「よろしくね」

 桃音
「よろしくお願いします……」

 教師
「では最初にゆっくりな曲調のものを流します。ペアの人と、コツやタイミングをお互い掴んでみてください」
「人数が多いので、まず奇数の組から。偶数の組は邪魔にならないように、壁際で待機して」

 ぶつからないように距離をなるべく取るようにと指示があり、各々が体育館内に広がる。

 教師
「上級生の男子は普段通りのリードをして、下級生を導いてあげてください。下級生の男子はリードする状況に慣れる事が目的ですので、自分が引っ張らないと、無理に焦らないように」

 曲が流れ始める。
 互いに手を取って、揃ったステップで滑らかに動き出す桃音と莉玖。小声で話し掛けてくる莉玖。

 莉玖
「ももはダンス苦手じゃないもんね? 今更心配することもないと思うけど、何か気になる箇所はある?」

 桃音
「ダンスはないけど……なんで莉玖くんのペアが私なの……?」

 莉玖
「俺のクラスとの合同授業なのに、ももと俺がペアじゃないなんて逆にあり得る?」

 突然莉玖にくるっと回転させられる桃音。
 そのまま距離が詰められて、密着した状態で莉玖に見下ろされる桃音。

 桃音
「ちょ……!」

 莉玖
「――何の為に俺が、ペア編成なんて面倒な事を手伝ったと思ってるの?」

 莉玖に真っすぐな瞳を向けられて、目を見開く桃音。頬が桃色に染まる。

 桃音
「……っ!」

 桃音の可愛らしい反応に満足したのか、ふふと天使のような微笑みを見せる莉玖。

 莉玖
「他の男とももが踊ってるなんて、ちょっと考えたくないかな。注目を集めることになっちゃってごめんね?」

 桃音
「うぅ……もう集めちゃったものはしょうがないよ……」


 桃音と莉玖の仲睦まじいダンスを見ていた3年女子が、ひそひそと話している。桃音と莉玖に向けている視線は、かなり不穏なもの。

 華奈の友人 モブ女①
「えぇ……何? あの地味な子……」

 華奈の友人 モブ女②
「莉玖様が可哀そうにと思って、きっと同情でパートナーを申し出てくださっただけでしょうに……」

 華奈
「そうね……随分と馴れ馴れしいわ。調子に乗る前に、ちょっとは痛い目にあった方がいいかもね?」

 不穏な雰囲気でダンスの授業が終わる。


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 〇放課後 校舎

 部活が終わり、帰宅しようとしていた桃音。
 桃音の姿を見かけた雪斗 (部活の後片付け中)が声を掛けようとした時、桃音の頭上に大量の水が流れ落ちていくのを目撃。

 雪斗
「おいおい、まじかよっ……! 桃音ちゃん! 上!」

 桃音
「え?」

 声が聞こえて足を止めて振り返る桃音。雪斗が桃音の元へ慌てて駆け寄ってくるのが見える。

 桃音
「上……?」

 雪斗に言われて上を見上げると、桃音の真上から水が降り注いできていた。あ、と思った時には遅く、目をつぶる事しかできなかった桃音。

 バシャン! と勢いよく水の落ちる音が響くのとほぼ同時に、桃音の身体は抱きしめられていた。

 桃音を庇うように、桃音に覆いかぶさるような形で抱きしめて身代わりになった雪斗。

 桃音
「雪斗くん!?」

 桃音から離れる雪斗。
 
 雪斗
「うーわ、つめて……桃音ちゃん、大丈夫?」

 桃音
「大丈夫だよ! 私より雪斗くんの方がびしょ濡れに……!」

 雪斗
「俺は部活終わりとかに、友達とふざけて水浴びし合ったりして慣れてるからさ」

 ぶるぶると頭を振って水気を飛ばし、校舎を見上げて睨む雪斗。
 窓が開いた教室のカーテンが、わずかに揺れているのが見えた。

 雪斗
(誰かがあそこから、桃音ちゃんを狙って水を流した……?)

 雪斗
「いやー、かっこよく助けようと思ったんだけど、あんまり間に合わなかった。この上って確か……美術室だっけ? 絵具入りの水じゃなかっただけましかな……」

 あはは、とわざと気にしてない風を装い、軽い感じで話す雪斗。

 桃音
「誰かが間違えて、人が通らないと思って水を捨てちゃったのかな……」

 桃音
(あんまり考えたくはないけど……もしくは私が通ると分かってて、わざと水を溢したか……)

 今までそういった類の嫌がらせが全くなかったわけではないので、今回も何となく後者の方だろうと察していた桃音。

 桃音
(多分、莉玖くんのファンの子だよね。今日のダンスのパートナーの件で変に目立っちゃったし……)
(妬まれるのに慣れてはいるけど、実際にこうやって嫌がらせをされるのは、やっぱり辛い。しかもクラスメイトを巻き込んじゃったのなら尚更だよ……)

 桃音は目線を伏せて俯き、落ち込む。毛先から水がポタリと落ちる。

 雪斗が視線を桃音へと戻す。
 思ったよりも桃音に水がかかってしまっているのに気づく。
 桃音の髪の毛先から滴っていた水が、上着を少し透けさせているのが目に入り、慌てる雪斗。

 雪斗
「桃音ちゃん、ごめん。やっぱり髪の毛は結構濡れちゃってるみたいだわ。あー……っと、眼鏡にも水が滴って……」

 桃音の眼鏡を拭いてあげようと手を伸ばす雪斗。その腕を掴み、止めたのは莉玖だった。
 雪斗を静かに見つめる莉玖。
 睨んでいるわけではないが、鋭くて真っすぐな瞳を向けられて、雪斗はびくりとして一歩身を引いた(動物的な勘が働く感じ)

 桃音
「莉玖くん!?」

 桃音の驚いた声に、莉玖は鋭かった瞳を普段通りに戻し、眉をへの字にして桃音を覗き込んだ。

 莉玖
「もも、一体どうしたの? 大丈夫?」

 そっと桃音の眼鏡の水滴を拭う莉玖。

 桃音
「私は大丈夫だよ。歩いてたら校舎の上の方から水が降ってきて、それに気づいた雪斗くんが庇ってくれたの」

 莉玖
雪斗(・・)……ねぇ。桃音の隣の席の……クラスメイトだっけ?」

 桃音
「うん。あれ……? 私って雪斗くんの話、莉玖くんにしたっけ?」

 桃音の疑問に、莉玖はニッコリと微笑むだけだった。
 自分が着ていたカーディガンを桃音にかけると、そのまま桃音をお姫様だっこする莉玖。

 莉玖の行動に驚いて赤面する桃音と、ぎょっとする雪斗。

 莉玖
「ももを庇ってくれてありがとう。俺からも今度お礼するね」

 雪斗
「へ!? あ、いや俺が勝手にしたことなんで、大丈夫っす」

 莉玖
「……そう?」

 雪斗
「あの……俺が見た時には、美術室の窓枠からバケツみたいなのが傾けられてました。慌てて駆け寄ったので、持っていた人の顔は見てません」

 莉玖
「分かった。貴重な証言、助かるよ。君も早めに着替えなね」

 くるりと後ろを向いてすたすたと歩きだす莉玖。桃音は莉玖の腕の中で慌てる。

 桃音
「ちょ、莉玖くんっ! 降ろしてほしいな!?」

 莉玖
「裏門に車を呼んであるから、ここからならすぐ着くよ。誰も見てないって。大人しくして?」

 桃音
「現に雪斗くんが見てるでしょ!?」

 抱っこされている状態で、後ろを振り返る桃音。

 桃音
「雪斗くん! 助けてくれて本当にありがとう……! 今度何かお礼させてね!」

 雪斗
「どういたしまして! じゃー、桃音ちゃんの手作りお菓子がいいな!」

 莉玖
「だめ」

 桃音
「もう、莉玖くんはちょっと黙ってて! 分かった! 今度作って持ってくるね!」

 あれこれ言いながら過ぎ去っていく2人を見送る雪斗。へらりと笑いながら振っていた手をゆるゆると力なく下ろす。

 雪斗
「生徒会長……まじかぁ~……」
「……結構俺も本気なんだけどなぁ……」

 その頃、美術室の窓から一部始終を見下ろしていた華奈。
 窓枠の下にしゃがみ込んで、親指の爪を噛んで歪んだ顔をして、怒りで震えていた。

 華奈
「なんなのよ……あの女ばっかりいい思いをして……!」