◯高級マンションの一室 桃音の家のリビング

 莉玖の家の送迎車で自宅マンションへと帰ってきた2人。

 一度、莉玖は自分の家へ戻り(同じマンションの最上階)着替えてから、差し入れの夕飯を持ち、桃音の家へやってくる。(桃音の両親は海外出張中で不在)

 ラフな格好で桃音の家に来た莉玖。

 桃音も部屋では眼鏡を外して、可愛いらしいふわふわした部屋着に着替えている。

 莉玖
「はいこれ。こっちのメインディッシュは鍋に移し替えてあっためた方がいいって、薫さん(お手伝いさん)が言ってた」

 莉玖からエコバッグを受け取った桃音は、中身を覗いてパァッと笑顔になる。

 桃音
「わぁ、今日は煮込みハンバーグだ……! すっごく美味しそう……! いつもありがとうございます」

 笑顔でお礼を伝えてくる桃音に、莉玖も笑顔で返した。

 莉玖
「じゃあメインディッシュはももにお願いするね。俺はサラダを盛り付けるよ。あとパンは切ってちょっと焼こうか」

 桃音
「うん、ありがとう! お願いします」


 ◯キッチン (システムキッチン)

 莉玖はこの家の物の配置などをほとんど知っているので、テキパキと夕飯の準備を手伝う。そんな莉玖の姿に見惚れる桃音。

 桃音
(なんか、今更だけど……こういうのってホントの家族みたい。ドラマとかで観るような、新婚夫婦っぽいかも……)

 食器棚からお皿を取っていた莉玖が、桃音の視線に気がついて振り返る。

 莉玖
「ん? どうかした?」

 桃音
「ううんっ! なんでもないっ! 私、ハンバーグの隣でスープもあっためちゃうね!」

 ワタワタとIHコンロのスイッチを押す桃音を、莉玖は優しげに見守っていた。


 ◯リビングで夕飯 (ダイニングキッチンの間取り)

 テーブルと椅子で向かい合って座る2人。

 美味しい、と笑顔で食べる桃音と、それを眺めて満足げな顔の莉玖。

 桃音は遠慮したのだが、莉玖は後片付けも手伝う気満々で、結局2人で分担して行なった。


 ◯夕食後のお菓子作り

 莉玖には「ゆっくりしてて!」と言ってテレビの前のソファーに座らせる事に成功した桃音。

 少しすると、莉玖がソファーに横になってうたた寝しはじめたのが見えた。

 桃音
(生徒会長だし、3年生だもん。毎日忙しいよね……)

 桃音はそっとブランケットを莉玖に掛けた。

 キッチンに戻ってきて、お菓子作りを始める事にした桃音。

 桃音
「よしっ」(小声)

 買ってあった冷凍パイシートを小さく切って、ひとかけずつ割った板チョコレートをパイで包む。卵黄を塗って、ミニチョコパイを焼く桃音。

 桃音
(全然手の込んでない簡単なお菓子だけど、莉玖くんがミルクチョコレートの香りに反応してたから……)

 オーブンレンジの様子をぼんやり見つめながら、放課後のことを思い出して、ちょっと顔が赤くなる桃音。

 桃音
(最近、なんかダメだなぁ……莉玖くんのかっこよさは今に始まった事じゃないのに、距離が近いと変に意識しすぎちゃうっていうか……)

 はぁ、と小さくため息をついてから、ブンブンと頭を横に振って気持ちを切り替える桃音。

 桃音
(莉玖くんは小さい頃からの幼なじみ! 親も仲がいいし、親が不在になりがちな私が心配で面倒を見てくれてるだけ!)

 自分をそう納得させて、お菓子作りの洗い物を始める桃音。

 なんだか少しだけ胸が苦しくて、気分もシュンとなっていたけれど、その理由はよく分からないままだった。

 無事にミニチョコパイは完成。
 それを手にしてリビングに戻ると、莉玖はまだスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

 桃音
「莉玖くーん……?」

 ソファーの横に立ち、ちょっとだけ屈んで小さな声で声をかける。
 莉玖の瞼が震えて、ゆっくりと開く。

 莉玖
「……んぅ?」

 桃音
「簡単なのだけど、お菓子焼いたの。もう時間も遅いし、持って帰る?」

 ソファーに横たわったまま、とろんとした瞳で桃音を見上げる莉玖。その寝起きの瞳は色気を帯びていて、どきりとする桃音。

 莉玖
「食べさせて……?」

 桃音
「莉玖くん、寝ぼけてるの? もう……お行儀悪いのに……」

 数少ない莉玖からのおねだりされると無性に叶えてあげたくなってしまう桃音は、ソファーの横にしゃがみ込んで、そっと莉玖の口元にミニチョコパイを運んだ。

 桃音
(自分が莉玖くんに甘えちゃってる自覚はあるから、こういう姿を見ると莉玖くんにも甘えてもらえるって感じられて嬉しいのかも……)

 桃音からのあーんで、ぱく、とパイを口に含む莉玖。
 
 莉玖
「ん、おいひ」

 もぐもぐしながらにっこりとする莉玖に、桃音はホッとして微笑む。

 桃音
「ほんと? よかった」

 莉玖
「もう一個食べたい」

 桃音
「こ、これでおしまいだよ? 後は持って帰って食べてね?」

 もう一度ミニチョコパイを口に運んで、そっと離れようとした桃音の指先を、莉玖がぺろりと舐めた。

 桃音
「な、ななな……!?」

 莉玖
「こっちからも甘い匂いがしたから。美味しかった。ご馳走様?」

 あわわと動揺する桃音を尻目に、莉玖はよいしょとソファーから起き上がる。

 莉玖
「ブランケットも掛けてくれてたんだ。ありがとう」

 丁寧に畳んでソファーに置く莉玖。

 桃音
「あっ、えっ、うん」

 莉玖は流れるように桃音の手にあった小さなタッパーを奪うと、蓋を閉めた。

 莉玖
「これ、今日の課題中の夜食にするね。お邪魔しました。あ、鍵はいつも通り俺がしていくから」

 桃音
「うん……ありがとう……」

 莉玖
「ん。おやすみ」

 桃音
「おやすみ、なさい……」

 莉玖が出て行ってからも放心状態で、中々動けずにいた桃音。
 指先を舐められた感触にドキドキが止まらず、指先をぎゅっと胸元に寄せ、赤面したままの桃音。

 桃音
「やっぱり……距離っ……近すぎない!?」


 ◯莉玖の部屋

 部屋に戻ってきてから、桃音の手作りお菓子の入ったタッパーをそっと机の上に置く。それを見つめながらふふ、と1人笑みが溢れる莉玖。

 莉玖
「……ももは、ずっと変わらないな」


(回想)

 2人が出会ったのは、桃音が5歳、莉玖が7歳の頃。
 マンションに引っ越してきた柊家が莉玖の家に挨拶に来た時、莉玖は幼いながらに桃音に一目惚れをしていた。

 桃音 (5歳)
「は、はじめまして、ひいらぎももねです」

 両親の後ろからぴょこっと顔を出して、ぺこりと頭を下げてからちょっぴり恥ずかしそうに微笑んだ桃音。

 莉玖 (7歳)
(天使がいる……!)

 莉玖は幼い頃から優秀で、大人びた子だった。
 更にいえば、医師である両親は病院経営もしており、かなり裕福な家庭環境。そして桃音と同じように、莉玖はとても容姿が整っていた。

 そんな莉玖の周りには、莉玖の親に媚を売りたい為に近寄ってくる大人や、莉玖の家柄や顔だけに憧れて擦り寄ってくる子供だらけだった。

 パーティー会場 (ホテル)で色んな人に囲まれる莉玖。完璧な作り物の笑顔でやり過ごしている描写。

 莉玖
(みーんな嘘くさい笑顔。まぁ、それは僕もなんだけど)

 そんな冷めた感情に陥っていた頃に出会った桃音は、まさに純粋無垢で天使のような子だった。

 桃音と2人で家の中でかくれんぼをして、そのままいつの間にか2人で眠ってしまって親に心配をかけたり。初めて作ったお菓子を莉玖にとプレゼントしてくれたり。

 試しに桃音を「可愛いね」と褒めてみても、純粋に「ありがとう」と笑って返してくれる。

 酸っぱい物が苦手な莉玖に、残しちゃダメだよとちょっと偉そうにドヤ顔で言ってくる姿。

 莉玖の事をただの莉玖として見てくれる存在。

 莉玖
(桃音と出会ってから、つまらなく思ってた世界が楽しくなったんだ)

 莉玖
「お父さん、お母さん。僕、ももじゃないとダメみたい。もも以外の人と結婚は絶対しない」

 莉玖の両親は、いつも冷めた雰囲気をまとっていた莉玖がこんなに人に執着するなんてと驚いた。

 莉玖の父親
「うーん……そうだなぁ。桃音ちゃんの嫌がることをしないって約束できるなら、お父さん達も応援するよ」

 莉玖の母親
「桃音ちゃんはすごく可愛いから、これから沢山苦労すると思うわ。莉玖が守ってあげられるかしら?」

 両親からの言葉に、莉玖は力強く頷いた。

 莉玖
「うん、約束する。いつもそばにいて、僕が守る」

 家族以外に初めてできた特別な存在を、莉玖はもう手放せそうになかった。


(回想終わり)

 タッパーを開けて、ミニチョコパイを1つ口に入れる莉玖。

 莉玖
「ももの事、大事に囲いすぎちゃったからか自己評価が低いんだよな。もっと自信を持ってもいいのに……」

 莉玖
(お菓子作りはプロ級だし、入学試験は1位通過だったと聞いた。見た目は地味を装っているけど、隠しきれない可愛さがあるのも事実だ)

(年上である自分が同じクラスになれないからと思い、自分の代わりにもものそばにいてと頼んだ知人の女子は、いつの間かもも自身を好きになって本当の親友になっていた。ももの人柄にふれて、ももの纏った優しくて綺麗な空気に、彼女も癒されていたんだろうと思う)

 莉玖
「俺と出会わなかったら、もっとももは自由だったのな……」

「でもごめんね。もう手放せないんだ」

 莉玖は指先で摘んだミニチョコパイを口元に寄せて、キスするように触れたあと、パクリと食べた。