◯高校の入学式

 お金持ちの生徒達が通う、私立鈴乃宮学園の入学式。

 緊張した面持ちで式に参加しているヒロイン((ひいらぎ) 桃音(ももね))1年生。

 この学園では制服のアレンジも自由とされているのだが、桃音はアレンジせず、スカートも必要以上に短くしていない。

 更には大きめの丸いメガネ。
 ふわふわロングの茶色の髪の毛も、耳の下で簡単な2つ結びにしているだけ。
 いわゆる地味子の格好で目立たないようにしていた。

 桃音
(高校もこの格好で通わなきゃいけないのかぁ……まぁ、小中と続けてきたし、慣れてはいるんだけど……)

 そう心の中でぼやきながら、桃音はまとめてあった自分の髪をちょいちょいといじった。

 実は桃音は、かなりの美少女だ。
 幼少期から不審者に誘拐されそうになったりストーカー行為があったりと大変だった為、自衛のためになるべく地味な格好でいるようにと言われているのである。

 式が進行していき、在校生代表の挨拶として生徒会長の名前が上がった途端、女子生徒の黄色い悲鳴が上がる。

 その歓声の大きさに、小動物っぽくピョンと小さく飛び跳ねてびっくりする桃音。

 桃音
(生徒会長って……莉玖(・・)くんの事だよね……?)

 登壇する生徒会長こと、ヒーロー(高遠(たかとお) 莉玖(りく))3年生。

 桃音とは幼なじみで、同じマンション(莉玖の家は最上階全て)に住んでいる。
 サラサラで艶のある黒髪に、色気も感じられるような少し垂れ目の瞳。
 身長も高く、1年の時から学年首位をキープしていて、皆が憧れている王子様のような生徒会長だ。

 館内は興奮冷めやまぬ雰囲気でひどく騒がしかったのに、莉玖はニコリと微笑むだけで、生徒達を一瞬で静かにさせた。

 莉玖
「──新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。推薦の子も一般入試の子も、この学園に入学する事を目標に、頑張って勉強してきたと思います」

 莉玖の視線が、新入生の席に座る桃音のいる方へ向けられる。
 目が合ったように感じた桃音はどきりとするが、周りにも沢山新入生がいるし、気のせいだろうと思い直す。

 莉玖
「生徒会一同も皆さんのサポートをしていきたいと思っています。困った事があった際は、ぜひ上級生を頼ってくださいね。楽しい学園生活になりますように」

 そう言って最後ににっこりと甘く微笑んだ莉玖。
 館内は再び大歓声に包まれた。
 新入生の中には椅子から倒れ込む人もいて、館内の熱狂っぷりに唖然とする桃音。

 桃音
(これが……生まれ持ったカリスマ性ってやつ……?)
(こんなにすごい人が私の幼なじみだなんて、誰も信じないだろうなぁ……)


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 〇高校 1年生の教室内

 担任
「――説明はこんなもんかな。今日は入学当日だし、これで終わり。あぁ、言い忘れてた。明日から2週間は部活動の体験期間だ。体験期間中は出入り自由だから、気になる部活があったら見学に行ってみて、入部希望ならさっき渡した紙を記入して提出するように」

 担任から解散の合図がされ、各々帰宅の準備を始める教室内。
 自分の席にて、配布された紙をじっと見る桃音。
 そこには各部活動の活動場所と活動曜日が書かれていた。

 桃音
(部活動、どうしようかな……あ、料理部がある。お菓子も作れるのかな?)

 帰り支度を済ませた友人が桃音の席にやって来る。

 ヒロイン友人(西園寺(さいおんじ) 撫子(なでしこ)
 桃音とは小学校からずっと同じクラスの親友。
 有名な茶道の家に生まれたお嬢様である。

 撫子
「桃音ちゃん、随分と真剣に眺めてますけれど部活に入りますの?」

 桃音
「うん、折角なら入りたいかなって。もうちょっと考えるけど……撫子ちゃんは?」

 撫子
「どうしましょうね……入るつもりはあまりなかったんですけれど、お知り合いの先輩に茶道部に入部してほしいと頼まれてしまって……」

 そう言って片手を頬につけ、困り顔で小首を傾げる撫子。
 そんな撫子の可愛らしい仕草に、桃音はふふ、と笑った。

 桃音
「撫子ちゃんは茶道のプロだもん。ぜひ入ってもらいたいって気持ちも分かるな」

 撫子
「まぁ。ふふ、桃音ちゃんだってお菓子作りの腕前はピカイチですわよ?」

 お互いを褒め合っているうちに可笑しくなって、顔を見合わせて笑う2人。

 撫子
「桃音ちゃんはこの後ご予定がありますの? それとも、このまま帰られますか?」

 桃音
「うーん……探検がてら、ちょっとだけ料理部の場所を見てから帰ろうかなって」

 撫子
「1人で大丈夫ですの? 付き添ってあげたいけれど、(わたくし)すぐ家に帰らないといけなくて……」

 心配そうに問いかける撫子を安心させるように、桃音はへにゃりと笑った。

 桃音
「大丈夫だよ。迷ったら大変だし、確認したらすぐ帰るから」

 撫子
「それって迷うフラグじゃなくて?」

 桃音
「え?」

 撫子
「いえ、何でもありませんの」

 うふふ、と微笑む撫子。

「また明日」と手を振って教室の入り口で別れる2人。
 桃音の後ろ姿を見送った撫子がポツリと呟く。

 撫子
「今日は校内に残っている生徒も少ないですし、心配ないとは思いますが……あの方(・・・)にご連絡しておかないとですわ」

 撫子は学園指定のカバンからスマホを取り出して、すぐにメッセージを送信した。

 スマホの画面には【高遠(・・)様】と表示されていた。


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 〇高校 人通りのない廊下

 桃音
「えぇっと、ここが本校舎だから……部活棟に行くには渡り廊下を通らなきゃで……こっち、で合ってるよね?」

 自覚のない方向音痴である桃音は、校内マップを手にしているのだが、さっそく校舎内で迷子になっていた。
 人気のない廊下をウロウロしている内に、行き止まりにぶつかってしまう桃音。

 桃音
「あれ……? 行き止まりだ……」

 困惑している桃音の背後に近づく人影。
 後ろからトンと片側を壁ドンされ、驚いた桃音が振り返ると、そこには怪しげに微笑む莉玖の姿があった。

 莉玖
「もも、こんな所で何してるの?」

 桃音
「莉玖くん!?」

 びっくりしたまま硬直している桃音の耳元に顔を寄せて、色気まじりに囁く莉玖。

 莉玖
「こっちは薄暗くて使われてない教室ばっかりで危ないから……近づいちゃダメだよ?」

 桃音
「ひぇっ! ご、ごめんなさいぃ……!」

 ぷるぷると震えながら、自分の腕の中で上目遣いで謝る桃音の姿に、見下ろしていた莉玖は満足げに頷いた。

 莉玖
「分かったならいいよ。初めてだから迷っちゃったんだよね? どこに向かうつもりだったの?」

 桃音
「えと、部活棟。料理部がどんな雰囲気なのかちょっとだけ見てみたくて……って、莉玖くん?」

 会話しながら、おもむろに桃音の肩口へ頭を寄せる莉玖。
 桃音の首元に莉玖の唇が今にも触れそうになっていた。

 莉玖
「ももは今日も甘い匂いがするね」

 桃音
「そう、かな? 普段から香水は付けてないんだけど……」

 莉玖
「うん。今日はミルクチョコレートの香りがする。美味しそう」

 桃音
「……っ、もう! 莉玖くん!」

 莉玖の吐息が首元にかかり、ムズムズした桃音は力いっぱい莉玖を押しやった。
 桃音のか弱い力が莉玖に敵うはずないのだが、莉玖は桃音からそっと離れる。

 莉玖
「じゃあ俺が部活棟に案内するよ。そのまま一緒に帰ろう」

 桃音
「いいの? 地味な恰好の私といる所を誰かに見られたら、人気者の莉玖くんに申し訳ないけど……」

 莉玖
「ももの本当の可愛さは俺が知ってるからいいの。それにもう今日は校舎に人がほとんどいないから、気にしなくて大丈夫」

 躊躇う桃音に、手を差し伸べる莉玖。

 莉玖
「行こうか、お姫様」

 小さな頃に憧れて「やってほしい」とねだった、舞踏会のエスコートのような莉玖の仕草に、かぁっと頬が赤くなる桃音。

 桃音
「手は繋ぎませんっ!」

 莉玖
「残念」

 初々しい反応をする桃音を、莉玖は愛おしそうに、それでいてちょっぴり意地悪に笑ったのだった。


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 ◯高校 部活棟 (校舎の一部)

 料理部が普段活動している教室 (学校の調理実習室のような雰囲気)の入り口に到着する桃音と莉玖。

 莉玖
「今日は活動してないから鍵がかかってるね」

 桃音
「うん。でも廊下側の窓から中が見えるから、雰囲気が見れて嬉しい」

 料理部の部屋にはお金持ちが集う学園なだけあって、オーブンレンジなどの家電製品も機能性の良い有名メーカーの物が置かれている。
 部屋も調理実習室のような造りで、ゆとりのある広さだ。

 莉玖
「料理部の活動人数は他の部と比べるとそれほど多くなかったかな。でも真面目そうな子達が集まってたから、桃音も馴染めると思うよ」

 桃音
「そっか……生徒会長の莉玖くんが太鼓判を押してくれるなら安心かも」

 そう言って、キラキラした瞳で笑みを浮かべながら部室を飽きる事なく眺めている桃音。

 眼鏡越しに見える好奇心に溢れた可愛らしい瞳に、隣に並んでいた莉玖は微笑ましくなって、思わず桃音の頭をポンポンした。

 莉玖
「料理部の部室は換気とかの設備の関係で1階だし、窓側がグラウンドに面してるんだよね」

 桃音
「そうなんだ? それって何か問題があるの?」

 莉玖の憂いを帯びた表情に、ピンとこない桃音。
 莉玖はため息をついて桃音を見下ろした。

 莉玖
「可愛い女の子が料理をしてたらね、飢えた獣が群がるんだよ?」

 桃音
「けもの……」

 莉玖
「桃音は、そんな奴らからちょうだいって言われてもあげちゃダメだからね」

 真面目な顔をして桃音に注意する莉玖。桃音は不思議そうな顔で小首を傾げた。

 桃音
「地味子な私のお菓子なんて、誰も欲しがらないと思うから大丈夫だよ?」

 莉玖
「どんなに隠しても、近くで見たら桃音の可愛さに気づかれちゃうんだって……」

 キョトンとした桃音を見つめながら、その顔も可愛いなと思いつつ、困ったように微笑む莉玖。

 莉玖
(無駄に見る目がある男が桃音に近づかないといいけど……)

 莉玖のポケットに入れていたスマホが振動する。確認すると迎えが到着したとのことだった。

 莉玖
「もも、そろそろ帰ろうか。迎えが来たみたい」

 桃音
「うん。あの……私まで莉玖くん家の専属ドライバーさんの車で送り迎えしてもらっちゃっていいの? 今日の朝も莉玖くんと出発時間が違うのに、わざわざお迎えに来てもらっちゃったし……」

 莉玖
「いいの。うちの両親も桃音のご両親も賛成してたし、なにより俺が安心できるから」

 桃音
「うぅ、申し訳ないです……ありがとうございます……」

 桃音
(そんなに遠くない距離だし、高校生になったから、1人で電車通学だってできるのになぁ……電車通学にちょっと憧れてたのもあるけど)

 自分の容姿のせいで周囲の人達が過保護になっている自覚はあるので、桃音はそんな自分のボヤキを心の内に秘めておいた。

 桃音
(あっ! なら、こっそり護身術とか習い始めたらどうかな……!? そうしたら莉玖くんも電車通学を許可してくれたり……)

 桃音が「我ながらいいアイデアかも!」とニマニマしていたら、莉玖にひょいと屈んで目線を合わせられる。

 莉玖
「……もーも? なんかよからぬ事を考えてない?」

 桃音
「ひょっ!?」
「か、考えてないです! いや、一瞬考えたんだけどやっぱりやめましたっ!」

 莉玖
「そう? ならいいけど」

 ニッコリ笑った莉玖に、隠し事は出来そうにないと本能で感じ取った桃音なのだった。


 ◯昇降口に向かって歩き出す2人。

 莉玖
「さ、早く帰ろう。あぁ、そういえばもも。この後ももの家にお邪魔させて? 今日は夕ご飯持ってく日でしょ」

 莉玖の家のお手伝いさんに毎週決まった曜日、桃音の分も夕ご飯をお願いしているのだ(桃音の両親が費用を支払っている形)

 桃音
「あっ、そっか! 朝慌てて出ちゃったから、部屋片付けなきゃ……!」

 莉玖
「なんだかんだ言って、桃音はいつも綺麗にしてるでしょ。ちょっとくらい物でごちゃごちゃしてたって俺は全く気にならないのに」

 桃音
「そ、そりゃ普段から一応心がけてはいるけど……今日は、洗濯物とかが干しっぱなしのまま出てきちゃって。乾燥機かけられない下着とか……」

 桃音の何気ない発言に、笑顔のままピシリと固まる莉玖。

 莉玖
「……車の中でお説教かなぁ」

 桃音
「ひぇ!? なんで!? たった今部屋が汚くても大丈夫って言ってくれたのに!?」

 帰りの車の中で、洗濯物は自分の部屋に干すようしっかり約束させられた桃音なのだった。