嘘だろ……こんなにすぐ会うなんて……
あの後のホームルームでクジのせいで図書委員にさせられてただでさえ、最悪なのに、
朝、あんなに必死で忘れようとしたあいつが隣にいる。
よりによって同じ委員会になってしまった。

「よろしく」

そう言ってそいつは少し首をコテンと傾げた。
落ち着いた甘い声。
その瞬間、また心臓が跳ねる。
しかも、こいつはすぐ机に伏せて寝た。

は? 先生、今委員会の説明してるけど??
朝のあの真剣な姿はどこ行ったんだ、弓道のときはあんなに集中してたのに、今はこれかよ。
……まさか、全部俺任せにする気か?
それは許さない。
小さくため息をついて、そっとそいつの肘をつつく。

「おい、起きろ」

──これ以上、振り回されるのはごめんだ。

「……寝るな、お前も仕事しろ」

そう言ったのに、こいつはぼんやりと俺を見つめて、ふにゃっと笑った。

……は?

その顔は反則だ、なんだその無防備な笑顔は。
朝の弓道のときとはまるで別人みたいに隙だらけで……なんかズルい。
…いやいや、そうじゃなくて。
こいつ、このままじゃ本気で寝そうだな。
委員会の仕事、全部俺に押し付ける気か?
それはダメだろ。

「……おい、起きろって」

もう一回声をかける。
それでもこいつは、目を閉じかけて──
……いい度胸してんじゃん。
それ以上寝るなら、ちょっと意地悪してやるか。
俺は、そっと机の下でアイツの足の甲を靴で軽く踏んだ。

「…っ!?ん、ぃ…った!なにするの!!」

俺のせいみたいに言ってるけど、寝るお前が悪いんだろ。

「…お前が悪い」

涙目で怒ったような顔してるけど、全然迫力ねえし。
むしろかわいいって思ってしまった自分が最悪だ。
弓道のとき、あんなに真剣だったのに……
今はこんなに無防備で、まるで別人みたいだな

俺は軽く肩をすくめて、そいつをじっと見つめる。

「ほら、先生の話終わるぞ。寝てた分、ちゃんと仕事しろよ」

言いながら、手元の資料を無理やりアイツの前に置いた。

「んー…わかったよ…伊織、すい?俺はね、これ。」

そいつは渋々手元の資料に目を通し始めてそれから甘い声で資料に書かれている俺の名前を読んでから資料を指差して俺に見せてくる。
細くて長い綺麗な指、白い肌…資料を覗き込むと

「……桐島、めあ?」

そこには、確かに『桐島めあ』と書かれていた。
名前を知ったところで、別にどうってことはないはずなのに。
なんかじわじわと胸に残る感じがして無意識にもう一度視線を上げた。
さっきまで寝てたくせに、今はちゃんと資料を読んでるのがなんか意外で……少しだけ、笑いそうになった。
けど、そんなの絶対に表には出さない。
俺は無言で自分の資料に視線を戻した。

「……仕事しろよ、桐島」

何でもない風を装って名前を呼ぶ。
なのに、心臓がちょっとだけ、うるさい気がした。

「はーい…ねえねえ、すい。連絡先交換しよ」

「……は?」

連絡先交換?

俺はまだこいつのことをよく知らないし、別に交換する必要も───

「ねえってば、すい」

俺の名前を軽々しく呼ぶな。
こっちは苗字で呼ぶのも緊張したのに。
それに……近い。
気づいたら、こいつの顔が俺のすぐ近くにあった。
ふわっと髪からいい匂いがする。

……なんだこいつ。

少し大きめのカーディガンの袖から、細くて白い指先が覗いてる。
萌え袖。
それから、眠そうな顔。
無自覚であざとすぎる。
だから女子にも人気だったのか。

“王子”ねえ……わがままだし?
俺は小さくため息をついて、ポケットからスマホを取り出した。

「……仕方ねえな」

そう言いながら、連絡先を交換した。
結局、逆らえないのが悔しい。
すると廊下から「めあー!顧問呼んでる!!」と黒髪の男子が桐島を呼ぶ声がして振り向くと弓道着…桐島の部活の友達のようだ。

「うそ!?今行く!!すい、またね!」

そう言って、桐島は慌ただしく教室を出て行った。
がたん、と椅子の音が響く。
廊下へと消えていく後ろ姿を、俺はただ黙って見送った。
そして、ふと手元のスマホに目を落とす。

『桐島めあ』

さっき交換したばかりの連絡先がトーク画面に表示されている。
アイコンはまだ設定されていないのか、デフォルトのまま。
それなのに、なんでこんなに気になるんだ。

「……やば。」

呟いて、俺は小さく息を吐いた。

これ以上、あいつを好きになりたくない。
関われば関わるほど、どんどん心の中に入り込んでくる気がする。

俺は顔を伏せて、そっと目を閉じた。
この気持ちが、なかったことになればいいのに──。