ドアを開けると、やわらかな鈴の音が鳴った。


焦茶色の木のテーブルがいくつも並び、
壁にはドライフラワーと間接照明が控えめに飾られている。


カウンターの奥では、キラの母親がコーヒーを淹れていて、


ふんわりとした香りが店の中に広がっていた。


放課後の時間帯で、客は数組ほど。
静かな音楽と、小さく響くカップの音が混ざり合い、
にぎやかすぎず、静かすぎず、居心地のいい空気が漂っていた。


「勉強会、奥のテーブル使っていいって!」
キラがトレーを片手に笑いながら戻ってきた。


木目のテーブルの上に、アイスカフェオレと手作りのジンジャークッキーが並ぶ。

紺たちはトレーを置き、それぞれ椅子を引いた。


紺とキラは並んで腰を下ろし、向かい側にシローが座る。

「おいしそー、キラママありがとう!いただきます!」


シローがカウンターにいるキラの母親に聞こえるように言った。


「いいえー、いつもキラの面倒見てくれてありがとね。いっぱい食べてね」


「あざっす、いただきます」


紺もシローに続いて手を合わせお礼を言った。


シローはノートを開き、シャーペンの音を響かせながら説明をはじめた。


「いい? この√(ルート)の中をまず整理して、次にこっちのxを…」


キラは早々に頭を抱えた。


「ちょ、待って待って。ルートって何? 根っこ? なんで数字に根っこあんの?」


「あ、ごめんごめん、えっと、ルートっていうのはね…」


シローは笑いをこらえながら、キラのノートに線を引いた。


紺はその横で、真剣な顔をしてノートに向かっていた。


ペン先が止まることはあっても、顔を上げることはほとんどない。


「紺はどう? 進みそう?」


「……」


紺はシローの問いかけに気づかない。


「紺!!」


シローの強めの呼びかけに、ようやく紺は顔を上げた。


「すっごい集中してたね。いい感じ?」


「いや、全然…わかんねぇ」


「あー、他のこと考えてたでしょ? キラもパンクしそうだし、ちょっと休憩しよっか」


「お、おう」


そう返しながら、紺はノートの数式をじっと見つめた。


あの桜の木の下でのこと。


そして、「エヌエルエイチエス」という言葉。


(……なんだったんだろう、あれ)


ぼんやりしている紺の腕に、キラがしがみ付いてきた。


「紺、お願い一緒に休憩して! 俺を置いていかないで!」


「あ、わりぃ。するよ、するから」


紺はノートを一旦閉じた。


カフェの照明は暖かく、窓の外では、風に乗って桜の花びらが舞っていた。


3つのストローが氷を回す音が、心地よく触れ合って響いていた。