「君、〇〇校の子でしょ? こんな時間に出歩いてたら補導されちゃうよ」


女性はそう言って、紺を家の近くまで送ると申し出た。


押し切られる形で、気は進まないながらも紺は送られることになった。


「私、咲夜(さよ)。君は?」


「え……こ、紺です」


「紺くんね。了解。紺くんは、私が責任持って送ります!」


咲夜は紺よりもずっと背が低く、とても年上には見えなかった。


「これ、聞いていいかわかんないっすけど……咲夜さんって何歳なんすか?」


「二十歳だよ。お酒もタバコも合法。あ、タバコは吸わないけどね」


そう言いながら、咲夜は紺のポケットから少しはみ出したタバコの箱を見て、にやりと笑った。


「警察に突き出しますか?」


紺はタバコをポケットの奥にしまいながら、そっぽを向いた。


「そんなことしないよ。人に迷惑かけなきゃ、なんでもいいって思ってるし」


咲夜はそう言って、軽くお腹を抱えながらまた笑った。


そのとき紺の中で、咲夜に対する「めんどくさい人」という印象は、たった数言のやりとりで、音もなく消えていた。


「咲夜さんは、なんであんなところにいたんすか?」


「…桜を見てたんだよ。あの辺なら人いないしゆっくり見れるでしょ?」


「でも、あそこは夜は真っ暗だし、なんも見えなくないですか?」


紺は咲夜があの時間にあの場所にいたのが不思議だった。


「紺君、お家まではあとどれくらい?」


「え、あ…もうこの辺で大丈夫っす」


咲夜が急に話を変えたことに、紺は少し戸惑った。


「それじゃここで。助けてくれて本当にありがとう」


「こちらこそ、送ってもらってありがとうございました」


紺は少し深めに頭を下げる。


「…NLHS」


咲夜は少し考え込んでから、呟くように言った。


紺は思わず、咲夜を見上げた。


「もし、興味があったら調べてみて。じゃあ、気をつけてね」


そう言って咲夜は去っていった。


紺の頭の中には、もう一度会えるかどうかも分からない咲夜の姿が、深く刻まれていた。