「こんばんはー」


ドアや鈴の音と共に咲夜が店に入ってきた。


「あ、もしかしてお取り込み中でしたか……?」


店内の空気が少し張りつめているのを、咲夜はすぐに感じ取った。


「ごめんね咲夜ちゃん!いらっしゃい、どうぞ!」


キラママが笑顔で手を振る。


「ありがとうございます──あ」


咲夜の視線が、佐藤という店員に止まった。


目が合った瞬間、紺が思わず声を上げる。


「咲夜さん、こいつ──!」


「すみませんでした」


紺の言葉を遮るように、佐藤が深々と頭を下げた。


「やっぱり、あのときの……」


咲夜の表情は、意外なほど穏やかだった。


「全然気にしてないですよ。頭、上げてください」


「……まじか」


紺が思わずつぶやくと、シローが苦笑しながら肩を軽く叩く。


「怒ってるの、紺だけだね」


「佐藤さん、まだ仕事あるからキッチン戻ろっか。
 咲夜ちゃん、注文決まったら呼んでね」


キラママが気を利かせ、佐藤を奥へ促した。


カウンターの奥に姿が消えると、空気が少しだけ和らぐ。


「席、お邪魔してもいい?」


咲夜が聞くと、キラが慌ててカバンをどかした。


「もちろん!」


咲夜が腰を下ろす。


「……あれ、紺くん顔こわくない?」


「別に…」


「とりあえず座ろ、紺」


シローに肩を押され、紺は渋々席についた。


紺の機嫌が悪いせいで、テーブルの空気は少し重たかった。


「……で、佐藤さんって、どんな風に咲夜さんに絡んだんすか?」


キラが、空気を読まずに口を開いた。


「ちょ、キラ」


シローが慌てて止める。


その一言で、紺の中のイライラが一気に爆発した。


「……ちょっと、外いくわ」


短く言い残し、椅子を引く音を立てて立ち上がる。


ガラスのドアが閉まると、カランという鈴の音だけが残った。


「僕も行ってきますね」


シローも静かに立ち上がり、紺のあとを追った。


カフェの外に出ていく二人の背中を見送りながら、咲夜がぽつりと呟く。


「二人、どこ行くんだろ」


「たぶん、タバコっすね。すぐ戻ってきますよ」


キラが気の抜けた声で答える。


「キラくんは行かないの?」


「今俺が行ったら、紺もっと機嫌悪くなるんで。
まぁ、シローいるんで大丈夫っす」


店のガラス越しに見える二人を見つめてキラが笑った。