その日の放課後、教室には紺とシローだけが残っていた。


2人がしばらく待っていると、キラが回答用紙を握りしめて教室に戻ってきた。


「やっと合格したー!」


合格点ぴったしの回答用紙を掲げるキラに、シローが抱きつく。


「キラ、おめでとう!」


「お疲れ」


紺も笑いながら声をかけた。


「いやー、長い戦いだったわ」


追試から解放されたキラは、大きく伸びをした。


「なあ、二人ともこのあとウチ来ね? シローにはお礼で奢るよ」


「俺には?」


「裏切り者には奢りません」


「なんだよそれ」


三人の笑い声が、放課後の廊下に響いた。


キラの家のカフェに着くと、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。


カウンターの奥からキラママが手を振る。


「おかえり!シローくん追試の件ありがとうね、あ、あと紺くんも」


「母ちゃん、ホットサンド三つと、俺コーラ。二人はどうする?」


「僕もコーラで!紺は?」


「俺も同じで」


「はいよ! 好きなとこ座って〜」


店内は、珍しく静かだった。


午後の光が窓を透けて、テーブルの上でやわらかく揺れている。


しばらくして、奥のキッチンから声がした。


「佐藤さん、これあの子たちに持ってって」


「はい」


聞き慣れない、低く落ち着いた男の声だった。


足跡が近づき、トレーを持った店員が現れた。


「お待たせいたしました。ホットサンドとコーラです」


目の前にコーラが置かれた紺は、お礼を言いながら店員の顔を上げた。


「ありがとうございま──」


……紺には見覚えがある顔で、すぐにあの夜のことを思い出した。


紺は反射的に立ち上がり、その店員をを指さした。


「コイツ、変質者!」


紺の声が店内に響き渡った。


「ちょっと、なになに? どうしたの」


キラママが慌ててキッチンから出てくる。


「急にどうしたんだよ、紺」


キラも驚いて立ち上がった。


紺は男を指さしたまま言った。


「こいつ、咲夜さんに絡んでたおっさんだよ」


「え、それ本当なの?」


シローも店員の方に視線を送る。


全員の視線が、男に集まった。


男は一拍おいて、落ち着いた声で言う。


「……そうですね。間違いありません」


「ええーーー!!」
キラとシロー、そしてキラママの声が重なった。


「まじで、なんでこのおっさんここにいるんですか?」


動揺している紺の問いに、キラが答える。


「昨日、とーちゃんが拾ってきたんだよ」



「……え、猫?」


シローは思わずツッコんだ。


「仕事なくて困ってるみたいだったから、じゃあ家で住み込みで働いちゃえば?って言ったのよ」


キラママが説明を重ねた。


「ねー」
キラと母親の声がハモる。


紺は呆れたように声を荒げた。


「ねーじゃないっすよ! 変質者っすよ、こいつクビにしてください!」


「でも、なんかほっとけなくて」


キラママの声には、優しさが滲んでいた。


その言葉に、紺の顔はさらに険しくなった。


佐藤は頭を下げながら、静かに口を開いた。


「実は、飲みすぎてしまって……目が覚めたときに、近くにいた女子に声をかけてしまったんです」


「もう佐藤さん、ダメじゃない〜。お酒は気をつけないと!」


キラママは笑いながら言った。


「すみません、気をつけます。だから、クビだけは……」


「しないわよ、そんなことで」


目の前で交わされる会話に、紺は言葉を失った。


キラママが優しく言う。


「紺くん。佐藤さんとは昨日、ちゃんと話したうえで雇ったの。もし何かあったらすぐクビにするから、安心して」


紺の表情は変わらず、不服そうだった。