「それはあなたが最近ハマっている読み物の話でしょう。現実と物語は違うのよ」
呆れたようにいえば、マリアはむっとした表情を浮かべた。そして「心配しているのですよ。万が一、物語のようになれば婚約破棄されてしまうかもしれませんし」などといった。
現実では物語のようなことは、殆ど起こらないから安心してほしい。そう伝えれば、マリアの表情は険しくなる一方だ。
彼女は仕事熱心でいい子なのだけど、少しだけ夢見がちというか…まあ、そこも素直でいいところなのだけど。
そんな事を思いながら自室へ戻ろうとしたその時──ん?婚約破棄?
ふとマリアがいった言葉を思い出し、私は人を呼びに行こうとした彼女の服の袖をぎゅっと握りしめた。
「わっ──危ないですよ、お嬢様」
「ねぇ、マリア。その物語ってどんな話なの?」
「えぇっ、急にどうされたのですか」
「いいから、教えて」
食い気味に言えば、マリアは困惑した表情を浮かべながらも、続きを話し始めた。
「えーっとですね、主人公のご令嬢は記憶を無くしたことをきっかけに野蛮な性格になってしまい、婚約者に捨てられてしまうのですが、たまたま隣国の王太子様がその性格を気に入って──」
どんな物語だ。そう思ったが、今はいい。
「ねえ、物語だけでなく、現実でも同じように記憶喪失の婚約者って、やはり冷めるものかしら?」
私の言葉に、マリアが考えるように首を傾げる。
「そうですねぇ、自分の事を全く覚えていないというのは悲しいですし、ましてや性格が変われば気持ちも冷めてしまうのかもしれません。──まあ、私は隣国の王太子の方が好みでしたので、構わないのですが」
現実の話をしたのだが、物語の内容でも思い出しているのだろう、うっとりとした表情を浮かべるマリア。
そんな彼女の手を握り、私はにっこりと微笑んだ。
「ねぇ、マリア。お願いがあるの」


