公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜



「寒いの?震えてる」

「な、んで」

「落ち着きなよ、呼吸が乱れてる」

「だって、ルーカス、あなたっ!」


 声を荒げる私をよそに、ルーカスはやけに落ち着いている。そして、優しい手つきで私の背中を何度かさすってくれる。


「ねぇ、エルーシア。あの日、君が俺を呪ったときから俺はずっとおかしいんだ」


 あの日…とは、私がルーカスに声をかけた日のことだろうか。だけど、私は彼のことを呪ったりなどしていない。そもそも、私には魔力がないのにどうやって彼を呪うのか。
 返事をしない私を特に気にもせず、彼は言葉を続けた。


「エルーシアの素直でお人好しなところ。可愛くて、愚かで、大好きだけど、時々めちゃくちゃにしてやりたくなる。君を泣かせて、壊して、穢して、俺だけのものにしたいってずっと考えてた。だけど、エルーシアはこんな俺を受け入れてくれないって分かってたから、必死に抑えて、いっそ、離れた方が幸せになれるかもなんて思ったこともあった──まあ、無理だったんだけど」


 彼の言葉の全てが理解できなかった。ルーカスはにこりと微笑むと、そのまま私の頬を撫で上げた。そして、そのまま頬、唇、と順に降りていく彼の手が首で止まった。


「記憶喪失のふりは楽しかった? 自分のせいだとはいえ、流石にそこまで嫌われてたなんて悲しかったな。──でも、いいんだ。エルーシアにならどんな嘘をつかれても、何をされても、君から与えられるものなら、たとえ痛みだとしても愛おしい」


 うっとりとした表情で私を見つめるルーカス。彼の言葉に、行動に、何も返せない。ただただ浅い呼吸を繰り返すことしかできない私に構うことなく、彼は言葉を続けた。


「だけど──俺から離れるのだけは許さない」


 地を這うような低い声。私の首に触れるルーカスの手に力が入って、思わず身体が強張る。


「誓って、エルーシア。もう二度と俺から離れようとしないって。俺ももう馬鹿な真似はやめるからさ。これからは死ぬまで、いやたとえ命尽きても君を離さない。だからエルーシア、君も誓ってくれるよね?」


 そして、ルーカスが呪文のようなものを唱え始めた。まずい、何の魔術を使うつもりかは分からないが、本能が彼の問いに頷いてはいけないと、告げている。