「ルーカス・アーレンベルク様…」
まるでいま初めてきいたかのように反復する。そして次に、私との関係は? わざわざここへきてくれたということは、両親の仕事の関係者? などとマリアにどんどん男の事を尋ねる。私が口を開く度に男の表情は険しくなる一方だ。
(騒々しい女は嫌いだものね…)
順調な滑り出しだと思い、顔がニヤつきそうになるのをおさえて、私は畳み掛けるように言葉を紡いだ。
「そのルーカス様は魔術師ですよね? そんな雲のような存在であるお方がここへきてくださるなんて、一体どうして? もしかして、お父様かお母様が心配して、どなたかに私を診ていただくようお願いしたのかしら? でも、お恥ずかしながら我が家にはそんな資金はないはずだし…」
「お嬢様、ルーカス様は──」
マリアが何かを説明しようとするが、それを遮るように、わざと言葉を続ける。
「そうなると、まさかアリアナ様の婚約者様?!
まあまあ、きっとそうよね、お優しいアリアナ様のことだからお父様から私のことを聞いて、わざわざ婚約者であるルーカス様にお見舞いをお願いしてくださったのね、本当に素敵なアリアナ様!ルーカス様は高位の魔術師ですし、アリアナ様にお似合いの──」
「違う!」
その瞬間、痺れを切らしたかのように男が声を荒げた。突然の事で、びくりと身体が揺れる。
───まさか彼が声を荒げるとは。突然の事で目を見開いて固まる私に謝罪をした後、あの話は本当だったのかとマリアに問い詰める男。
そんなにアリアナ様とお似合いと言ったのが、気に障ったのだろうか。男の顔は険しい。
ちなみにアリアナ様とは、彼に言い寄っている令嬢のひとりで、グラマーな体型と我儘で気の強い性格がチャームポイントである。
「記憶喪失」だの「事故」だの、物騒な単語ばかりが聞こえてくる。マリアと話をしながらも疑うようにこちらに視線を向けてくる男に、頬を赤らめつつも微笑めば、男は信じられないといった表情で「……本当なのか」と呟いた。
(……私がルーカスに対して照れるなんてこと、今まで一度もなかったものね)


