公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜



 公爵夫妻がルーカスを養子に迎えるとなった日はそれからすぐにやってきた。
 お父様とお母様に別れを告げ、さっさと馬車に乗り込もうとするルーカスを私は急いで呼び止める。

「ルーカス!」

「……」

「あの、身体に気をつけてね。あまり無理しちゃだめよ。それで……もし、もしも、困ったことがあればいつでも知らせてちょうだい。すぐに飛んでいくわ! 離れても、血が繋がっていなくても、私にとってルーカスはとても大切な家族だから!」

 と…涙ながらにそのような言葉を告げ、私の瞳と同じ色の、お気に入りの髪飾りをそっと握らせた。

 しかし、当のルーカス本人は泣きじゃくる私を冷ややかな目で見ていた。そして、一言、こう言い放ったのだ。


「エルーシアを家族と思ったことなんて、一度もない」


 まさかの言葉に涙も止まってしまった。
 いくら懐かれていないとはいえ、そこまで嫌われているとは当時の私は考えもしなかったのだ。


 間抜けな顔で固まる私をよそに、ルーカスはそそくさと公爵家の馬車に乗り込み去っていく。


 幼い私の心を確実に抉ったルーカスの言葉。そのせいか、婚約の話があるまでの数年、私は彼のことを避けてしまっていた。


 向こうから特に接触してくることもなかったので、私達はまともに会話をしたこともないまま、ある日突然に婚約者同士となったのだった。