公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜



「エルーシア、このことは誰にも言ってはいけないよ。僕とルーカス、そしてエルーシア。三人だけの秘密だ」


 お父様にそう口止めされて、私は素直にこくこくと頷いた。理由はわからなかったけど、お父様の怖い顔を見て、誰かに話せばルーカスが苦しむことになる、そう思ったから。


 ──あの頃は分からなかったが、あの時ルーカスの背中にあった傷は奴隷の烙印だった。彼は元奴隷だったのだ。

 売られた先から逃げてきたのか、売られる前に逃げ出したのか、詳細はわからない。どちらにしろ、ルーカスが受けた痛みは計り知れない。


 この国での奴隷の扱いはとても酷いものである。

 今でこそルーカスは公爵家の人間で、国一番の魔術師という肩書きを得ているが、彼が元奴隷だと分かれば、あっという間にその地位は揺らいでしまうぐらいに。


 ルーカスが我が家に、私に婚約を申し込んできたのはそのことが理由だと思う。──自分の秘密を漏らさないか、近くで監視するために。


(そんなことしなくても、誰にも言わないのに)

 
 そんなルーカスの事情を知っても、お父様もお母様もルーカスを実の息子のように可愛がっていた。きょうだいのいなかった私も弟ができたようで、とても嬉しかった。


 ルーカスの服を選んだり、一緒に本を読んだり、怖い夢を見るといけないと、一緒に寝ようとしたりもした。
 だけど、ルーカスは世話を焼きたがる私を鬱陶しいと感じたのか、いつしか自室にこもるようになってしまった。

 
 部屋で何もしているのか、ルーカス本人に尋ねても答えてはくれなかったし、お父様やお母様に聞いても、曖昧に笑うだけで何も教えてはくれなかった。

 そして──ルーカスが10才になった頃、彼の首筋に魔術師の紋章が現れた。
 ただでさえ希少な魔術師の証である紋章がこの年齢で現れるだなんて、とても珍しいことだった。


 私は自分のことのように大喜びし、はしゃいでいたが、お父様とお母様は何故だか難しい顔をしていた。