「師道社長、早くしてください。もう下に香川さんが到着しているんですよ。」
わたしは玄関で腕を組みながら、まだリビングで支度をしている彼を急かすように言った。
「ごめんごめん!お待たせ!」
そう言ってスーツの上着に袖を通しながらやって来た彼、師道涼真は3ヵ月前に結婚した、一応わたしの夫だ。
「妃都、そろそろ"師道社長"じゃなくて、社外では下の名前で呼んでくれても良くないか?」
「わたしたちは、ただの契約結婚ですよ?その必要はありません。」
「俺は、下の名前で呼んで欲しいんだけどなぁ。」
「そんなこと言ってないで、早く行きますよ。」
わたしはそう言って、玄関のドアを開けようとした。
すると、師道社長が「ちょっと待って!」と言い、わたしの腕を掴み、引き寄せて来た。
「出勤前のキス。」
そう言って、師道社長はわたしに唇を寄せて来たが、わたしは片手で彼の唇を阻止した。
「しません。」
「結婚してもう3ヵ月だよ?そろそろキスくらいは許してよ。」
「そう言って、他の女性を口説いたりしてるんじゃないですか?」
「妻がいるのに、そんなことするわけないだろ?」
「妻がいても、不倫する人は山程います。」
「俺はそんなんじゃない。妃都だけだよ。」
「さぁ、どうでしょうね?」
わたしはどうしても、彼が信用出来なかった。
容姿端麗で30歳という若さで師道ホールディングスの代表取締役社長を務める彼が、わたしだけを愛するはずがない。
男はみんな、浮気をする生き物だ。



