きみはあたしのライラック

涙をにじませたまま、食い下がるあたしに
ひもろぎさんは優しく微笑む。



「僕ね。すずと過ごす時間が好きだよ。」


「楽しいし、安らぐ。
それじゃ、だめかい?」


「すずと過ごす、『今』を
ちゃんと楽しめている。」


「僕は、『今』
充分満たされているんだけれど」


「それだけじゃ、だめかい?」



優しい声で言葉を紡ぐ
ひもろぎさんの表情は、目は、穏やかだ。


少なくても『今』
ひもろぎさんからは、痛みや寂しさを感じない。




「…」




……言われて、思う。


あたしは、ひもろぎさんの
『過去』と『未来』に
想いを飛ばしすぎていたのかもしれない、と。


そのふたつに、偏りすぎて

それに囚われすぎて


『今』の、ひもろぎさんと
ちゃんと向き合えていなかったかも。



確かに、『今』も
ひもろぎさんは心の底に
ずっと寂しさを抱えている。

でも、だからって
ずっとそれに浸っているわけじゃない。


ちゃんと、あたしと過ごす時間を
楽しいと、感じてくれてる。

一緒に過ごす、この時間を
大切にしてくれている。


満たされていると、言ってくれた。




「………だめ、じゃない。」



泣きべそをかいたまま、小さく首を横に振れば
ひもろぎさんは満足そうに笑う。



「明日は、チョコレート菓子が食べたいな。」

「……いっぱい、作る…」

「うん。楽しみにしてる。」



癒しきれなくても、癒すことが出来ているなら
少しでも、この人が穏やかでいられる時間を
与えられているなら…


きっと、それで充分なんだ。



涙で歪んだ情けない顔で、鼻をすする
そんな、あたしの頭を優しく撫でてくれる
この人が、たくさん笑顔でいてくれるように


あたしはあたしに出来ることをしよう。


そう、思った。