きみはあたしのライラック

「先客がいたか。」

「!」



不意に響いた低い声に驚いて
顔を上げれば、すぐ目の前に男の人が立っていた。



………あれ、この人…



音もなく、いきなり現れたその人に
目が点になりながらも
記憶の中に、同じ姿を見つけたあたしは
その人を、無言で見つめた。



「驚かせたみたいで、悪いな。」



親しみやすい雰囲気を纏うその人は
人当たりの良い笑顔を浮かべながら
あたしを見返す。


その瞳は珍しい、翡翠色。



……やっぱりそうだ。



前に、お店の前で
おばあちゃんと話していた男の人だ。


印象的な瞳の色。古風な服装。整った顔立ち。


あの時に見た、あの人で間違いない。



「……い、いえ。
……あの、ひもろぎさんの知り合いですか?」



たじろぎながらも
その人の纏う空気が柔らかいからか
不思議と恐怖心は湧いてこない。


訊ねれば、その人は
笑顔を浮かべたまま、頷いた。



「ああ。」

「ひもろぎさん、寝ちゃってて…」

「そうだな。随分と気持ち良さそうに寝てる。」

「えっと、起こすのは
ちょっと、かわいそうなので、何かお話があるなら、代わりにあたしが伝えておきますけど…」

「いや、いい。一応報告に来たんだが
こいつのことだ。どうせ、もう全部知ってる。」

「……そうですか。」



話している間も
ひもろぎさんは熟睡していて
目を覚ます気配はない。


その人は、そんなひもろぎさんを
見下ろして、ふっと声を出して笑う。



「どうやら、随分と
お前に心を許しているみたいだな。」

「え?」

「意識が深く沈んでる
この状態は無防備だからな。
信頼している者しか
この場所へは来れないようになってる。」

「……そう、なんですか?」

「ああ。」

「…」




『信頼』 『心を許して』



ひもろぎさんをよく知っている様子のその人から、思いがけない言葉を貰ったあたしは
少し呆けながらも



………嬉しい。



そんな風に思って貰えていることが嬉しくて
じわじわと、心の中に喜びの感情が広がっていく。