きみはあたしのライラック

……だった、はずなのに。



「……なんともない。」

「怖くない?気持ち悪くない?」

「…うん。大丈夫。」



どこか夢見心地な気分で
(実際、夢ではあるんだけど…)
ひもろぎさんに声を返す。


過去の記憶が暴走して
襲い掛かって来るようなこともなく

震えて泣くくらい、怖かったのに
それが嘘のように、今は気持ちが凪いでいる。



「……思い出さないわけじゃないし
思い出すと、苦しくはなるんだけど
怖くはない、かも…」

「そう。」



この場所であった出来事だから
こうして目の当たりにしたら
やっぱり、その記憶は頭の中に浮かぶけど
前みたく、激しく心が波立つことはなかった。


ちくちくと心は痛む、きゅっと胸は苦しくなる。


だけど、身体の所有権を奪われたかのような
抗えない恐怖の感情は、もう感じなかった。



「……不思議。
昨日まで全然、乗れなかった自転車に
次の日、簡単に乗れたみたいな感覚。」

「そうだね。ある日突然、それまで出来なかった事が出来るようになったりする。時間は偉大だよ。」

「………おばあちゃんと、ひもろぎさんが言ってた事、ようやく分かった気がする。」



『焦らなくていい』の意味。


時間が解決してくれる問題もあるって事。